温泉掘り始めの一歩

 翌朝、神棚に今日の作業の無事を家族全員で祈って外へ出ると、昨日のように太陽が燦々と照りつけていた。だが、夏の盛りのように、切りつけてくるような陽射しではない。

 さりとて冬のようなほの暖かさ、とは言えないくらいの熱量がある。風が渡れば過ごしやすそうだ。


 地図を見れば目と鼻の先ではあるが、クルルに道具や昼飯などの荷物を持ってもらい(彼女自身はご機嫌だ)、ほんの100メートルくらいを移動する。


「これって、この辺だよな?」


 俺は地図と実際の土地を交互に指差しながら言った。見た目には他の場所と変わりない、多少草の茂っている普通の地面に見えるのだが、文字通りジゼルさん渾身の地図が示しているのはここのようである。


「アタシにもそう見えるな」

「私もですね」


 元々この森に住んでいたサーミャと、ここではないが森の住人であるリディが同意した。2人がこの地図を見て言うなら間違いあるまい。

 多少開けたそこへクルルに積んだ荷物を下ろす。クルルはディアナに鼻をこすりつけて少し残念そうにしていたが、なに、今日はこれからが本番だ。掘り出した土の運搬という大事な作業が待っているからな。終わったら思う存分褒めてあげるつもりだけど。


 兎にも角にもまず温泉を出さないことには他の建造物の位置を決めるのも難しい。先に脱衣所を建ててから、温泉はその真下で湧きましたとかなったら、目も当てられない事態になるのは炉の火を見るより明らかだ。


「ぴったりここ、ってわけでもないだろうから、多少面倒かも知れんが広めに掘るか」

「そうねぇ。変に見定めて外すよりは良いんじゃない?」


 地図と現場を見比べながら、アンネが言った。ディアナとヘレンも頷いており、分かっているのかいないのか、ルーシーも「わん」と吠えている。


「ようし、じゃあこのあたりを掘っていくか」


 俺がそう宣言すると、みんなから了解の声が返ってきた。めいめい手に道具を持つ。

 俺とリケ、ヘレンとアンネの“力持ち”組が掘削担当で、サーミャ、ディアナ、リディとクルルは出た土を運んだり、土留の板を運んできたりと言った作業になる。ルーシーは癒やし係かな……。


 最初のひと掘りは俺の担当ということらしいので、俺は家族の見守る中、ショベルを地面に突き立てる。チートでその性能を強化されたショベルは“黒の森”の硬い土に突き刺さり、最初の1盛りをその大地から取り除いた。

 小鳥がさえずる森の中に拍手の音が響く。こうして、それなりに長い期間かかるだろう温泉掘りの作業が始まった。


 最初は4人で黙々と地面を掘り下げていく。いずれリケが出られないくらいに掘ったら、土留と坂道の整備をしなければならないだろう。露天掘りなので空気は大丈夫……だと思う。井戸のときもなんとかなったし。

 ルーシーが「ほりほり」をしてくれたり、土を運んではディアナに褒められてクルルが機嫌を取り戻したりと、和んだ空気の中で作業は進んでいった。


「温泉のお湯って水を張って稲を育てるのには使えないのかな……」


 昼休憩にしよう、と敷物の上でリディが用意してくれたハーブ茶を飲み、昼飯の簡単イノシシ肉サンドを頬張りながら、俺は言った。

 水田を作る上でもちろん土の養分だの透水性だのと言った要素は重要であるが、最も重要なのはどの時代でも水利だ。なんせリュイサさんおすすめの泉源である。無限に……とはいかないだろうが、少なくとも俺が生きている間に涸れることはあるまい。

 もちろん、そのまま流せるような水温(湯温?)ではないのだろうが、無尽蔵に使える水源があるなら、溜池のように溜めて冷ましてから導入する方式で行けるかもと考えたのだ。

 小さなおとがいに手を当てて、サーミャに茶を注いであげていたリディが言った。


「うーん、温泉の効き目って植物にいいんですかねぇ」

「ああ、そうか」


 温泉にはそれぞれに異なってはいるが泉質というものがある。溶け込んでいる成分によって効能が違ってくるわけだが、例えば塩化ナトリウムが溶け込んだ食塩泉だったら植物を育てるどころか「カルタゴ滅ぶべし」になりかねない。


「その辺は湧いてから、ちょっとずつ試すしかないか」

「そうですね」


 リディは頷いた。そう言えばpHを測るものも用意しないといけないかもだな。

 俺はまだ湧いていない温泉の皮算用と一緒に、頬張ったイノシシ肉サンドを飲み込むのだった。


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