第11章 北方からの来訪者編

夏が終わる

 あれからまた納品の日を越えた。その間に太陽はすっかり勢いを弱めていて、風もその冷たさで次の季節が近いことを知らせてくれている。

 その間、特に何事もなくゆっくりと毎日が過ぎていったわけである。ある意味、望んだ通りのスローライフを満喫していると言えなくもなかった。

 だがしかし、やらねばならないことが山積していることも自覚しており、若干の焦りも感じていた。

 この日はサーミャたち狩りチームの獲物を引き上げてきた午後で、俺とリディは畑に植えていた作物(いくらかの野菜と香草のたぐいだ)の収穫と、次に植えるために耕す作業をしていた。

 この間まで同じ作業をしたら滝のように流れていた汗も、今はそれほどでもない。首にかけていた手ぬぐいで額の汗を拭う。ちょうどタイミングよく風も吹いてくれて気持ちがいい。


「夏が終わるなぁ」

「そうですねぇ」


 同じように汗を拭い、樹々を見ながらリディが言った。ここらの樹木は低木はもちろん、高木になるものでも広葉樹が多く、木葉鳥はそれらの樹木の葉に擬態している。

 サーミャ曰くはそのほとんどが常緑樹らしい。そのため、木葉鳥や猪は体色が緑っぽいものが多いわけだが、いくらかは落葉するようで(厳密に言えば常緑樹も常に少しずつ落葉し、少しずつ新しい葉が生えてくるだけで、全く落葉しないわけではないものが多いのだが)、全体の色が変わりつつある木もちらほらと見受けられる。

 湿度が低めのせいか、やや涼しくはあるがごく普通の気候のわりに常緑樹が多いのは、この森の魔力のせいだろうな……リュイサさんに聞いておけばよかったかな。


「過ごしやすくなるのは助かるよ」

「ふふ、本当にエイゾウさんは暑いのが苦手なんですね」

「そうだなぁ。寒いほうが強いかな」


 雪国出身というわけでもないのだが、前の世界の出身地が冬にはそこそこの寒さになる地域だったせいか、寒い方はわりと耐えられるのだ。

 雪国の人はガンガンに暖房をかけると聞いたから、雪国ではないがそれなりに寒い地域だからこそかも知れないが。


「エイゾウさんがここに来たのは最近なんでしたっけ?」

「随分経ったようにも思うけど、まだ1年経ってないからな。ここの寒さはサーミャから聞いてるだけでよく知らないんだよな」

「この“黒の森”はわかりませんが、あの森のあたりはけっこう寒かったですよ」

「うーん、防寒も一応準備すべきか」


 ここいらで防寒っていうとなんだろう。猪や熊の毛皮だろうか。マタギと聞いて思い浮かべるような姿の自分を想像して、俺は苦笑した。

 そう言えばみんな革製らしいコートを持ってたな。旅装の一部なんだろうけど、風雨を遮断するのなら防寒にも役立ちそうである。


 いや待て、寒いと言えば一番大事なものがあるじゃないか。


「そろそろ温泉の準備を始めるか……」


 やらねばならないことの1つ、温泉である。俺も大期待していたし、場所はジゼルさんの地図で詳細に分かっているので後は作業にかかるだけなのだが、湯殿やその他諸々を考えるとちょっと億劫で手が出ていなかったのだ。


「いいですね。井戸掘りも楽しかったですよ」

「そう言ってもらえると助かる」


 俺は苦笑交じりの微笑みを返す。「本当ですよ」とむくれるリディをなだめながら、この日の畑仕事を終えた。


「ということで、そろそろ温泉にかかります」

「よっ、待ってました」


 囃し立てたのはヘレンだ。夏の間、井戸の水での水浴びを毎日する生活が気に入ったのかも知れない。傭兵だから汗の流れるままに放置しているのに慣れているといっても、その状態を好んでいるわけではないだろうしなぁ。


「基本的な作業は井戸の時とほぼ同じだけど、溜めた湯の周りに体を洗うスペースと、目隠し、それに服を脱ぎ着する建物を作ります」

「それとそこへの渡り廊下?」

「そうだな」


 ディアナが言って、俺は頷いた。雨の日には小走りに湯殿へ向かうというのも風流かも知れんが、ちょっとなぁ。


「わん!」


 俺の返事に合わせるようにルーシーが吠えて、場が笑い声に包まれる。見るとそろそろ子狼と呼べなくなってきそうな狼が胸を張っていた。


「お前も急に大きくなってきたなぁ」

「わんわん!」


 撫でてやると、彼女はパタパタと尻尾を振る。食べる量は増えたが、体の大きさに見合ってない気がするのは、彼女が魔物になっているからで、おそらくは実体としての体を成長させる分だけを食っているのだろう。


「小屋の拡充か、ルーシー専用の小屋も考えないといけないかも知れませんね」


 リケが俺たちの様子を眺めながら言った。俺は少し眉根を寄せて言う。


「やること満載だな」

「飽きないからいいんじゃねぇの。アタシは色々やるの好きだぜ」


 最後に残った肉を口に運びながらサーミャが言い、確かにと家族のみんなが頷いてこの日は終わりになった。

 さて、明日からまた頑張るとしますか。


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