”岩砕き”

「さてさて、どういう方式にしようかな」


 翌朝、神棚に手を合わせてから炉と火床に火を入れたあと、俺は接客スペースの方で腕を組んだ。

 他のみんなはとりあえず納品物を作っていくらしい。十分な数は1週間かそこらで安定して作れるようになったのだが、「空いてる時間で余分を作っておけば不慮の事態でも納品できるから」と言っていた。

 狩りには出ないのかと聞いてみると、「肉が十分あるから」とのお答えであった。うちはかなり消費が多い方ではあると思うのだが、どっかに卸すとかでもなけりゃどんどん余っていくよなぁ。余計な殺生をすることもあるまい。


 とりあえず、岩盤を砕く道具だ。素直に考えればツルハシになるだろう。岩盤の厚さがどれくらいかにもよるが、それで少しずつ掘り砕いていくのがテッパンだとは思う。

 あとはクサビと鎚か。クサビを鎚で打ち込んでいき、割って除去するのである。

 これらの手法の問題点は圧がかかっているであろう帯水層から湯が吹き出したときに避けにくいことである。

 水温がどれくらいかにもよるが、80℃の熱水を浴びせられたら大変なことになるのはどの世界でもあまり変わらないだろう。金属の鱗を標準で持っている世界なんかだと分からんが。

 リュイサさんの様子からして、恐らくは直接かかっても大事故には繋がらないくらいの温度なのだとは思う。あの人の“目的”から言って、俺が死んでしまう事故につながるのであれば警告してくるだろうし。

 ただまぁ、色々とスケールが俺たちとは違う人でもある。「忘れてたテヘペロ」の可能性も考えれば、用心はしておいても良かろう。


 となるとだ、前の世界の知恵をちょっと借りるか……。


「ちょっと使うぞ」

「どうぞどうぞ。親方の作業より優先するものはないですから」


 長剣をこしらえるため、火床を使っていたリケに声をかけると、彼女はにっこり笑ってそう言った。

 個人的にはリケたちの作業のほうが生計に繋がるのだから重要なのではと思うのだが、ここはお言葉に甘えることにした。

 板金を3枚まとめて積み上げ、火床に入れる。赤い火がその表面を染めるように包み込み、鋼も赤く染まっていく。

 温度が十分に上がったら、取り出して叩いて1つの塊にしていく。ここではまとめるのが目的なのでまだ魔力は込めない。大変になるし。


 出来上がった塊を再び加熱したら円筒形に整えていく。普段よりも鋼の量が多い分だろうか、叩いたときの音が若干低いような気がする。

 かなり大きく、重い鋼の円筒ができた。前の世界でSWATがドアをぶち破るのに使うバッテリングラムの持ち手を取り払ったような感じだ。これに持ち手をつければ実際その用途で使えるだろう。

 だがもちろん、今回はその用途で作ったわけではない。円筒の片方をチートを使って魔力を込めつつ、扁平にしていく。大きさが大きさだけに時間はかかったが、マイナスドライバーの先端のような形状ができた。


 家の建て増しや渡り廊下を作ったときに出た端材をまとめているところから、少し大きめの物を選んで外に運び出す。岩盤を砕こうとしているものを家で試して床を壊すのはちょっと避けたいからな……。

 昼飯は食ったので、それよりは時間がかかった自覚はあったが、端材を置いて空を見上げるともう少しで日が暮れそうな頃合いである。

 秋に差し掛かって日が暮れるのが早くなっているだろうことを考えても、思ったより時間かかってるな。それなりの大きさだったから仕方ないが。

 ともかく、今は実験だ。俺は鍛冶場へと戻る。


「よいしょ」


 かなりの重さの“岩砕き”を抱えて、再び外に出るとクルルとルーシーが置いた端材のところでちょこんと待っていた。


「よしよし、危ないからちょっと離れててな」


 俺の予想では大丈夫だと思うのだが、万が一ということもある。離れておいてもらったほうが良かろう。

 2人の頭を撫でると、素直に少し距離を置いた。いい子だ。

 その頃には「またエイゾウがなにかやるらしい」と家族全員手を止めて出てきていた。まだ実験のような段階なのだが、このところ土掘りと鍛冶仕事しかしてないのだし、気晴らしになるならいいか。


「よし、それじゃやるか。よいせ」


 再び重い“岩砕き”を持ち上げ、扁平な側を下にして手を離すと、落下していった“岩砕き”はズドンと音をさせて着地する。

 そう、着地である。間にあるはずの端材はまるで最初からそうであったかのように、真っ二つに断ち切られている。

“岩砕き”の先端は大きな音に比例するかのようにその先端を土に埋めている。実験としては成功……だろう。あとは明日、実地で試せばいいか。


「成功したのか?」


 地面に突き立つ“岩砕き”を指差して、サーミャが言った。俺は頷く。


「そうだな。これで比較的安全にあの岩を砕けると思うよ」

「おー」

「流石ですね!」


 感心の声を上げたサーミャ。それをかき消すような大きなリケの声が、夕暮れ迫る“黒の森”に響き渡った。

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