宝の地図
そうして夕食が終わったあと、ジゼルさんが宣言した。
「さて、それでは特にエイゾウさんはお待ちかねの温泉の話ですね!」
パチパチと拍手が響く。ジゼルさんは少しだけ誇らしげにしている。
「と、宣言したところで申し訳ないんですが、何か書くものあります?」
即座にすまなそうにするジゼルさん。リディがリビングの片隅に置いてある戸棚からインクとペン、それに紙を持ってきた。
筆記用具はあるのだが、妖精族サイズではない。もしかして、あの小さな体でよいしょよいしょとペンを使うのだろうか。それはそれでちょっと見てみたいところではある。ディアナとヘレンも似たようなことを思ったらしく、瞳が輝いていた。
「現地をご案内してもいいんですけどね。いろいろなお礼がてら、ちょっとお見せしようと思いまして」
そう言って、ジゼルさんはインクの入った小さな壺(うちにはガラスビンはない)の蓋をよいしょと開けた。今ディアナの隣りに座ってたら、肩のHPが減ってただろうな……。
ジゼルさんはインク壺を前に、そっと手を結んで目を閉じた。神様に祈っているようにも見える。やがて、ジゼルさんがぼんやりと淡いピンク色に輝き出した。
「綺麗……」
と言ったのは誰だろうか。お人形さんのような姿が淡い輝きに包み込まれ、祈っているところは確かに可愛らしさよりも神々しさを強く感じる。
光はインク壺も巻き込んだ。淡く輝くインク壺が若干シュールに見えてきた……と思ったら、中から細い糸のようなものが出てくる。
糸のようなものはインクのようだ。インクはもともと生物であったかのように緩やかにうねり、体を伸ばしながら先端を紙に着地させる。
その着地点からじわりとインクが広がる。真っ黒な点が周囲を飲み込むように、ではない。それは何かを描き出していた。じわりと炙り出しをしているかのように描かれたそれは、見覚えのある建造物の形をしている。
「これは……うちか?」
「みたいね」
覗き込んだ俺が言うと、同じく覗き込んだディアナが同意した。煙突があり、レンガ造りと木の壁の部分、そして建て増しした部屋の部分、中庭の畑にクルルとルーシーのいる小屋と倉庫、そして井戸。それらが徐々に、ややディフォルメチックに描かれている。
家の周辺の見覚えのある地形も描かれていき、やがて俺と娘たちが水を汲んでいる湖のほとりらしきところまで到達したところで止まった。
そこにあるのはシンボルこそデフォルメチックで可愛らしいが、その位置関係などはかなり精緻なこの周辺の地図だ。とは言ってもここは“黒の森”の中、大半が木で覆われているのだが。しかし、ちょっと小高くなっている場所なんかもちゃんと表現されている。
出来上がった地図を前に、俺達は拍手喝采する。ジゼルさんはもじもじと照れながら、
「あんまりこういうことはしないんですけど、今回は特別ということで」
と言った。いやぁ、いいもの見せてもらったな。一方で、
「あれって魔法?」
「いえ、ああいうのは聞いたことないですね……」
「エルフで聞いたことないなら、普通の人は知らないか」
小声でアンネとリディが会話を交わしている。まぁ、魔法で精確な地図が出来るなら欲しいに決まってるよな。勝手に作られないようにしたい、のほうかも知れないが。
「これ、いいなぁ」
「なんで?」
「ここを守るときの計画が立てられる」
「はー、なるほどなー」
やや物騒な感想なのは、ヘレンとサーミャだ。防衛計画についてはプロに任せるとしよう……。
地図には見慣れないものが1つ描きこまれている。泉のような形をしているそれは、このあたりにはないものだ。サーミャでなくてもあれば気がついているだろう。となれば、答えは一つ。
リケがそのマークを指差す。
「これが温泉ですか?」
「そうです。これで場所わかります?」
心配そうに俺に聞いてくるジゼルさんに、俺は答えた。
「バッチリですよ。今からでもいけるくらいです」
温泉の場所はうちの小屋からまっすぐ西に向かってすぐのところのようだ。となれば、渡り廊下は小屋前を経由した状態で作ればいいし、今作っている渡り廊下の計画を変更する必要もなさそうである。
いざとなれば作り変えは出来るような計画にしていたが、それでも変更がないのに越したことはない。俺は内心でホッと胸をなでおろす。
胸をなでおろしたのは俺だけではなかったようで、
「良かったです。最初から案内していれば良かったなんてことになったらどうしようかと」
「いえいえ、こう言うのありがたいですよ」
温泉の位置という情報を抜きにしても、この周辺の地図という時点で大変にありがたいものである。この世界じゃ国土地理院の地図を本屋で買うなんてことは出来ないからな……。いや、俺が作ればよかったんだろと言われたら返す言葉もないのだけれど。これは今後の建造物の検討に活かさせてもらおうっと。
地図を前にジゼルさんも交えてワイワイとこのあたりの地形について話す。歩いてると気が付かなかったけど意外と起伏があるんですね、とかそんな話だ。
そうしてすっかり夜も更けていき、ジゼルさんが帰る時間になった。
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