小さな道
テラスの脇に棒を立てて紐をくくる。紐をピンと張ったまま伸ばしていき、限界のところでそのまま保持して貰う。
あとはそれに沿って線を引けば、ほぼ直線になるというわけだ。多少の歪みが発生してもそれは愛嬌である。
地面は硬いので、うちにある槍(もちろん売り物でないやつだ)の石突を使って、線を引いていく。思ったよりも長い直線が引けたが、これはまだ第1段階に過ぎない。
一旦紐を回収したら、別の棒切れを用意した。長さ的には1メートルくらいだ。これをさっき引いた線の始点と終点に宛てがって、1メートルの間隔を開けて平行な線を引くというわけだ。人が2人並べるくらいの幅なので、渡り廊下としては十分だろう。一応ではあるがクルルも通れる。
同じことを繰り返して、まだその存在すらない渡り廊下は小屋の近くへと繋がった。小屋と渡り廊下の間にも屋根をかけても問題ないだろう。高さを稼がないとダメなので、屋根の意味がどれくらいあるのかは疑問だが。
その終点から横に向かって線を伸ばす。今度は倉庫に到着した。これで一通り線を引き終わったことになる。後は柱を立てて、屋根をかけ、木を敷いて通路にするだけだ。言葉にすれば簡単だが、それなりに大変な作業ではある。
「それじゃあ、分かれて作業するか」
俺がそう言うと、了解の声が返ってくる。もちろん「クルルルルル」という声と、「わんわん!」も一緒だ。
柱と屋根の作業は部屋の建て増しを繰り返してきた我が家ではそれなりに手慣れた作業になってきた。一定間隔で穴を堀り、穴の底を固めて、穴に木を立てる。これは力の強いリケとヘレンにアンネ、そしてクルルが担当した。
もちろん、他のメンツもその間のんびりしていたわけではない。サーミャとリディは屋根にする木の板を切り出していたし、俺とディアナも通路に敷くための木を切り出していた。
「これはこう言う形でいいの?」
ディアナが木を手に言った。長辺が10センチ、短辺が5センチ、長さが1メートルほどの角柱である。太い木から切り出しているので結構な数を切り出せるはずだ。
「そうそう。大きさはまぁ大体でも問題ない」
俺はうなずいた。「板を敷く」方式よりは、枕木みたいな板を少し埋没させて敷設していけば地面から多少の高さが出るので、よほどでないかぎりは雨が降っても水が上がってくることもあるまい。どうしても水が貯まるようなら排水用の溝をつけることも考えてもいいし。
静かな森に、作業の音が響き渡る。元々ここは“黒の森”の中でも魔力が濃くて普通の生き物は近寄らないという話だが、これくらい音がしていると警戒して寄ってこないだろうなぁ……。
そろそろ、この森の狼や熊の方々にも「あそこは寄っちゃダメ」と認識されているのではなかろうか。鹿や猪については逃げられると貴重な食料源が無くなってしまうので大変に困るのだが、狼や熊といった危険な動物は近寄らないでいてもらうに限る。
「わんわん!」
そんな俺の考えを知ってか知らずか、ルーシーが作業しているみんなの間を駆け回る。穴を掘ったり、小さな木切れをくわえて運んだり、忙しそうにしているので本人は手伝いをしているつもりなのだろう。
助けになっているかといえば、それはもちろん全くなっていないわけなのだが、こういうのは気持ちの問題である。
「いずれ手伝えるようになるのかなぁ」
「そうかもね」
ルーシーは木から払った枝をくわえて、サーミャとリディのところへ意気揚々と運んでいく。それを眺めながら、俺とディアナは言った。ディアナの目尻は完全に下がっている。多分、俺も同じようなものだろう。
親にとって頑張る娘の姿は、どう見たって可愛いのだ。たとえ今後ルーシーが体高2メートルの超巨大な狼になろうとも、それはいつまでも変わらないことだろう。
今はまだ線しか引かれていない渡り廊下を通るルーシー。小さなまだ道ともいえないような道を小さな体が通るその姿が、一瞬、立派な渡り廊下を歩く優美な狼の姿に、俺には見えたのだった。
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