すれ違い

 カミロの店の裏庭に、それはあった。大きくそびえ立つ木の板に囲まれたそれはさながら要塞のようでもある。

 いや、それは流石に言い過ぎか。丁稚さんがそうやって作ってくれた日陰で、うちの娘2人は寝てはいないものの、ゴロリと転がっていた。

 寝転んでいるうちの娘さんたちのそばで座っていた丁稚さんが、俺たちがやってきたことに気がついて立ち上がる。


「あ、どうも」

「いつもありがとうな。これ大変だったろ」

「いえいえ、お店のみんなも手伝ってくれましたので」

「へぇ、なるほど」


 いつもお守りに借り出してしまって悪いなと思っていたのだが、案外この店の皆も丁稚さんとうちの娘達とのやり取りを微笑ましく見守ってくれているのかも知れない。

 それならばと、俺はいつも渡しているチップをいつもよりかなり多めにしておいた。働きには報酬で報いるべし。俺が言っても微妙に説得力がないような気はする。


「手伝ってくれた店のみんなとわけてな」

「いつもすみません」

「なに、こちらこそ」


 ペコリと下げた丁稚さんの頭を、俺はガシガシと撫でた。

 気がつけばクルルとルーシーは起き上がり、ルーシーはディアナの周りをトテトテと走り回っている。ディアナは、


「こらこら、危ないわよ」


 なんて言っているが、デレッデレなのを隠しきれていない。ルーシーが足元にいるので、俺はディアナのそばにいなかった。つまり、俺の肩は今のところ無事ということだ。

 クルルは倉庫の方へ向かうリケとリディの後ろをついていった。自分が何をすればいいのか完全に理解しているように見えるのだが、親バカというものだろうか。まぁ、自慢の娘だ、多少の贔屓目はしかたない。

 荷車を繋いだら、すぐに皆乗り込んで街を後にする。何もなければ次に来るのは2週間後になる。

 次来るときにはこの街は様子を変えているだろうか。それとも同じだろうか。そんなことを考えながら、俺は街行く人々を眺めていた。


 帰りの道中も何事もなく、無事に家へと帰り着くことができた。基本何事も起きないので、もしかしてこの世界は安全なのではと勘違いしそうになる。

 しかし、街道では衛兵隊の巡回が頻繁であること、森ではサーミャが面倒なところは避けてくれているのが大きい。このどちらかがなければ、結構な確率で厄介事に巻き込まれていたに違いない。

 そのぶんの反動なのか知らんが、厄介事が起きるときにはたいてい大事なのが難ではある。でも、これは衛兵隊もサーミャも関係のない話だからな……。


 いつものように家に帰って、荷物をおろしていると、先に家の方に行っていたリケに呼ばれた。何事かと行ってみると、彼女は木切れを手にしている。


「これが扉の前に置いてありました」


 リケに差し出された木切れを手に取る。見ると表面に傷をつけて小さな文字が書かれていた。それを読むと、


“エイゾウさんへ 今日寄らせていただいたのですけど、お留守のようなのでまた来ます ジゼル”


 とある。スッとした文字で傷を入れただけにしては読みやすい。これ、俺があげたナイフで書いたのかな。


「ジゼルさん、来てたのか」

「みたいですね」


 おそらくは温泉の場所の話をしに来たのだろう。“病気”の方なら帰らず待っていただろうし。温泉の場所の話は、早いと嬉しいが遅くても困らないというやつだし、次来たときにはおもてなしするか。


「こう言うときに来たのが分かるなにかを作ろうかなぁ」


 ほとんど客の来ない家ではあるし、目的があれば待っていてくれる客のほうが多いが、それでもたまに来てくれる人の利便を考えてバチが当たることはあるまい。


「いいですね!」


 と、新たに何かを作ることにワクワクしているリケを家の中に入れると、俺は荷物をおろしに荷車の方へと向かった。

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