防犯
商談室を出ると、ほんの僅か暑さが増したように感じる。廊下は日が差すからな……。
階段を降りて裏庭に向かう間、俺にアンネが話しかけてきた。
「宝石はよかったの?」
「ん? ああ、あれか」
アンネが言っているのは、
「今すぐ換金しなけりゃならんこともないし、金貨に替えるよりはあのままのほうがかさばらんで済む」
「まぁ、そうねぇ。結構価値のありそうなのもあったし」
「鍛冶屋目線だと“面白そう”なのは無かったけどな」
ちらっとチートで確認した限り、貰った中に希少な金属は含まれていなかった。本当にただの、と言っては語弊があるだろうが、宝石以外の何物でもない。
その価値を今知っておく意味もそんなにはなさそうだし、しばらくはあれもうちの資産としてしまっておかれることになる。
「でも、そろそろ金貨だの宝石だのをしまっておく場所は考えないといけないかもなぁ」
こうして2週間に1回なんていうペースで街と往復していると忘れてしまいそうになるが、他に誰来ることもない“黒の森”の奥にある我が家である。気楽に行き来ができるような場所ではない。
迂闊に足を踏み入れれば迷う鬱蒼とした樹々に、天然の警備兵として機能してしまっている狼達もいる。イレギュラーにはなるが熊や猪、鹿たちも本来は相応に危険な生物なのである。それに出くわせば無事では済むまい。
よしんば付近まで来られたとして、“人避け”の魔法があの家の周囲にはかかっている。それを突破できなければ我が家へたどり着く事はできないのだ。警備が厳重な基地の中に住んでいるようなものである。
逆に言えば、これらを全て突破できる人間(例えばヘレンやアンネだ)は相応に実力と、それに運があるということになるわけで、そんな人間に留守を狙われたら、多少の防犯をしていたところで意味はない。
なので、防犯については軽く考えがちなのも、いたしかたないことなのである。しかし、それは今後も無防備なままでいい理由にはならんわけで……。
「隠し金庫まではやりすぎとしても、ちょっと盗むには厄介な何かが必要かも知れないわね」
「俺が本気を出せば、宝剣でもなけりゃ砕けない金庫は作れると思うし、作って倉庫にしまっておくのはありだな」
苦労して倉庫から運び出し、ちょっと離れたところで中身を確認……と思っても周囲は全て“黒の森”だ。中身の確認をしている間も常に危険がつきまとう。
かといって、重い金庫を森の外へ運び出すのも、それはそれで大変に苦労するだろう。そんなものを盗んでいこうと思うやつはそうはおるまい。
「倉庫に? 目が届かないわよ?」
「家でこそ泥と出くわして万が一の目に遭うよりは、知らん間に持っていってくれたほうが、まだ俺たちの危険が少ないだろ」
「クルルたちは?」
「あの子らは賢いし勘が鋭いから、ヤバけりゃ逃げてくれる。そうでなきゃ、そもそもどこに置いてあろうと俺たちに警告してくれる……はずだ。全く繋いでないし」
ドヤドヤと実力者複数人に押し寄せて来られた場合も、諦める他ない。家と鍛冶場の放棄も想定に入れて動く必要がある。
アンネは大きくため息をついて言った。
「エイゾウも重々自覚してるとは思うけど、うちには“森の中の鍛冶屋”としては分不相応な金品があるってのは覚えておいたほうが良いわね。カミロさんもエイゾウに何かありそうなら排除しようとするだろうし、それは侯爵閣下や伯爵閣下も一緒だろうけど、それでも抗えないときってのはどうしてもあるから」
「それは……そうだな」
王国においてはほぼ最高レベルの人間とつながりがあるとは言え、それが安全を保証してくれるわけではない。例えば帝国皇帝陛下が直接手を下したり、といったことも非常に難しい話ではあるが不可能ではないのだ。
なにせ知らない人間から見れば、俺はただの鍛冶屋のオッさんでしかないわけだし。いや、実際に鍛冶屋のオッさんでしかないんだが。
それにずっと気になっているのは、マリウスの――エイムール家の騒動のときに、カレル(エイムール家の次兄で、伏せられているが今は故人である)に手助けをしたのは誰かという話だ。
あれはマリウスもディアナも「カレル1人で出来ることではない」と言っていたし、相応の人物が手引していたと見て間違いない。それは関わった人間全ての見解でもある。それを考えれば……。
「うーん、我が家の要塞化と、避難用の家の建築も視野に入れるべきか……?」
ポツリと漏れ出た俺の小さな言葉に、喜ぶ声とドン引きする声が混じって裏庭に響いた。
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