報酬と前払い

「おいおい、こりゃあ一体なんだ」

「なんだって、金だよ」

「いや、そりゃ分かってるが……」


 すっとぼけた答えを返したカミロに俺は苦笑する。俺が聞きたいのがそこでないことは彼も理解しているだろうとは思うが。


「それはサスペンションの分だよ」

「いらないと言ったと思うが」


 俺がそう言うと、カミロは大きく溜息をついた。


「そうは言うがな、エイゾウ。俺はこれからサスペンションで儲かるわけだ。まぁ、まだ他所には売ってないから、これは俺の予測だけどな」


 俺は頷く。前の世界の知識から見ても、ほぼ確実に売れると思う。そのあたりの権利の概念なんてほぼないも同然だから、ガンガン真似もされるだろうし、早晩頭打ちにはなるだろうが、それまではカミロの独占状態だ。

 カミロのことだ、その頭打ちまでの期間をなるべく伸ばす方策も練っているに違いない。でなければ、彼がおいそれと外に出すわけがないのだ。


「その時にタダで儲けていたら、売れるたんびにお前に申し訳なく思わなきゃいかんわけだ」


 俺は小さく鼻を鳴らす。


「へっ、お前がそんなかよ」

「心外だな。わりと繊細なんだぞ」


 わざとらしく悲しそうな顔をしてみせるカミロ。しかし、すぐに笑顔に戻る。


「ま、それはともかくだ。お前はもう少し儲けることを覚えた方が良いな」


 大きくウンウンと頷くリケ、ディアナ、アンネ。たびたび言われていることではあるんだが、いまいち実感が湧かないんだよな……。

 その一番の理由は、俺が作っている色々な製品が、今のところチートの手助けで作っているということだ。いわば「借り物」の力なので、それで儲けるのは気がひけると言うかなんというか。

 しかし、この理由をカミロを含め皆に言うわけにはいかないしな。俺は腕を組んで、首をひねる。


「うーん、そういうもんかね」

「そういうもんだ。正当な仕事には正当な報酬、そうしたほうが俺も気兼ねがないってのは本当だしな」


 からから笑うカミロ。ふと見ると、番頭さんとも目が合ったが、彼もほほえみながら頷く。


「そういうことなら、これはありがたく頂戴しておくよ」


 俺は金貨の詰まった袋の口を締めようとして……その前に、10枚ほど抜いてテーブルに置いた。それを見てカミロは片眉を上げる。声の位置からしてアンネのものらしき、「あっ」という声も聞こえた。


「……これは?」

「前払い。北方の“コメ”と言うものを入手してほしい。栽培は考えてないから、食料としてでいい」


 前の世界の日本人が想像する、水田で育てる水稲が成長するにはなかなかに厳しい気候条件や作業が必要である。水稲に比して食味や収量に劣る陸稲なら、あの森でもワンチャンなんだろうけどな。とりあえず前の世界のものほど美味くなくても、一度米を口にしておきたいのである。元日本人だし。


「それと……」

「まだあんのか」


 大げさに驚くカミロに、俺は頷く。


「珍しい金属があればなんでもいい。入手しておいてくれ。金はここから出してくれていいし、足りなければまた持ってくる」


 カミロはさっきついたのと同じくらい大きなため息をつく。


「物好きだなぁ」

「まぁな」


 そう言って笑いあう俺とカミロ。

 ふと見ると、珍しい金属と聞いてリケが目を輝かせ、ディアナが大きくため息をついている。リディもアンネの肩に手をおいて、「ああいう人ですから」とよく分からない慰めをしていた。サーミャとヘレンはこのあたりに興味はないらしい、姉妹みたいに揃ってあくびをしている。

 カミロはそれを見てニヤニヤと笑って言った。


「勝手に前払いして良かったのか?」

「いや……まぁ……大丈夫……だと思う」


 俺は少しだけ背中に冷たい汗が流れるのを感じながらそう言った。金貨10枚というとかなりの大金ではあるのだが、うちには鍛冶屋としては不相応なくらいの蓄えがあるし、今貰ったぶんでも袋に残る金貨のほうが多いくらいなのだ。

 ディアナが再び大きくため息をつく。


「あなたが作ったもので稼いだんだからいいんじゃない?」


 語気にやや鋭いものがあるが、仕方ないなぁと苦笑しながらディアナが言った。皆も頷いている。とりあえずこれで事後承諾ではあるが了承を得た。


「じゃ、じゃあ、用事も済んだし早く帰ろうかな。また2週間後に来るよ」


 俺は慌てて席を立つ。カミロは今日一番の呵々大笑をしながら、


「おう、またな」


 と“いつも”の商談を終えるのだった。

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