森の主

「森の主……ですか」

「はい」


 ジゼルさんは頷いた。この森の管理者と言っても過言ではない妖精族の長を使いに寄越すのだから、それなりに高位の存在であろうことはなんとなく予想していたが、この“黒の森”を統べる存在直々のお呼び出しとまでは思ってなかったな。


「詳しい内容は私も知りませんが、あまり心配することはないと思いますよ。不都合があればとっくに何らかの行動を起こされてると思いますし」

「それはそうなんですが……」


 彼女の言う通り、この森を統べるような存在であれば、うちが「現れた」ことも知っているだろうし、その後発展させたことも感知しているはずだ。

 その過程で問題があるのならば、どこかで掣肘を加えるなりしていたはずで、それをしていないということは概ね許されていると思っても楽観的と非難されるほどではあるまい。


 とは言え、である。「最近知ったけどお前ら出ていけな」とか、「井戸以上のものを作るなら容赦しないぞ」とか言った話である可能性もあるわけで、後者ならともかく前者だととても困ったことになる。

 まぁ、ひとまずは話を聞いてからだな。俺はジゼルさんに尋ねた。


「とりあえず、お話は承知しました。今からじゃないですよね?」


 どこに居るのかは知らないが、ここから近くということもなかろう。そんなに近いところに住んでいるのなら、森へ出かけたときにでも見つけているだろうし。


「いえ、大丈夫なら今からでもお願いしたいところなのです」

「えっ? ここからそんなに近いんですか?」


 まさかの希望に俺は面食らった。もう日も落ちかけている、多少近い程度では帰る頃にはこの世界基準で深夜になっているだろう。


「ああ、そこはご心配なく。すぐですので」

「ええと、それではお願いします。みんなもいいよな?」


 家族皆は頷いた。念のため、とリケとリディが家のランタンを取りに行く。もしかして転送とかしてもらえるのだろうか。この世界に来て細々した魔法は使っているが、その手の大規模なものは見たことがない。リディがホブゴブリンに使った攻撃魔法が一番派手だったように思う。少しワクワクしてしまうのは仕方のないことだろう。

 リケとリディがランタンを持って戻ってくると、ジゼルさんは変わらず鈴の鳴るような声で、しかしさっきまでよりも大きく、そしてハッキリと言った。


「よろしいそうですよ、どうぞいらしてください」


“いらしてください”? あれ、という事は……。俺はそこでジゼルさんとの食い違いに気がついた。そう言えば、ジゼルさんは「森の主が俺たちに会いたいと言っている」と言っただけで、「呼んでいる」とは言ってない。つまり――。

 そこまで思ったところで、突如目の前に大きな緑色の光の塊が現れ、その中からゆったりとした服を身にまとった女性が現れた。ゆるくウェーブの掛かった緑の髪に、真っ白な肌。目は閉じられている。

 彼女は光の塊を背にしているので、後光が差していた。前の世界なら西洋の女神を想像しろと言われたら、10人のうち9人が思い浮かべるようなスタイルである。

 彼女が閉じていた目をそっと開き、その緑の虹彩が俺を捉え、そして彼女は口を開いた。


「……我が願いに答えてくれて感謝する、人の子よ」


 威厳、とでも言うのだろうか。威圧ではない、自ら進んで従いたくなるような、そんな雰囲気が漂っている。

 と、俺は思っていたのだが、ジゼルさんの反応は真反対だった。


「プッ」


 と、笑いをこらえきれなかったのか、噴き出したのだ。噴き出した後は再び黙り込んだが、肩を揺らしてフルフルと震えている。

 女神様(?)が怪訝な顔をしてジゼルさんに言った。


「どうした、妖精の長よ」


 ジゼルさんは、いよいよこらえきれずに、笑いながら言った。


「この方々にはいつもの調子で平気ですよ。気にしたり、言いふらしたりするような方々ではないです」

「あらそう? じゃ、お言葉に甘えてそうするわね。あの話しかたって肩が凝るのよねー」


 女神様(?)はそう言って肩をぐるぐる回す。俺たちは目を白黒させてその様子を見ているしかない。

 俺たちの様子に気がついた女神様(?)はペコリと頭を下げてから言った。


「今回はどうもありがとう、私はリュイサ。この“黒の森”の主で、世間で言うところの樹木精霊ドライアドってところかしらね」


 さっきまでの威厳はどこへやら、随分と気安い様子のリュイサさんに、俺は「あ、ども」と返すのが精一杯なのだった。

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