お呼び出し

 俺は木陰に移動して作業を始めた。暑いには暑いが、風が通る分屋内よりも若干マシである。

 皆の作業場所も結構テラスと家の陰にはなってるので不公平感もないし。


 索輪を入れる枠になる部分はすぐに出来た。チートが効いてるし、そんなに複雑な部分でもない。がっちり組み合って簡単に分解してしまったりしないようになっていれば良いのだ。

 井戸屋形へ取り外しができるように、上になる部分に穴を開けておいた。


「クルルル」


 クルルの声が聞こえてそちらの方を見ると、柱を立てているところだった。俺が言わずとも役割分担をしていて、柱を立てていないメンツは穴を掘ったり、梁を切り出したりしている。

 あれだけ増築をしていたら、そりゃ手慣れてくるか。今回は床も壁もいらないわけだし、みんな力も器用さも持っているから、あっさり片がつきそうだ。なぜ手慣れるほど増築をしたのかについては考えないでおく。


 索輪はある程度大きめの円盤を作ってから枠を貫通する形で軸を通し、回しながらチートも併用して削っていくことで綺麗な円盤になるようにした。

 円盤が出来たら、外周にU字型の溝も彫っておく。釣瓶の縄はここを伝うわけだ。クルクル回して動きを確認していると、ルーシーが近寄ってきて、滑車をフンフンと嗅ぎ始めた。


「気になるのか?」

「わん」


 俺が言うと、彼女は小さめに一声吠える。最近ルーシーは色んなものに興味が出てきたようで、皆が触っているものに近寄っては匂いを嗅いだり、前足で触れてみたりしている。

 お利口さんなので「危ないから近寄ってはいけない」と言われればあっさりと引き下がるし、目を離していても良いと言われるまでは口に入れるようなことはしない。

 特に鍛冶場は危ないもの(ルーシーにとっては“近寄ると怒られてしまうもの”だ)が多すぎる、ということを学んだのかあまり近寄らなくなった。単に暑いからかも知れないが。

 コレはそこまで危ないものでもないので、ルーシーの好きなようにさせる。そっと鼻先で滑車を回すと、回るのが面白かったのか前足で回し始めた。ルーシーは“ほりほり”をするようにひとしきり回すと、満足したのか井戸屋形の方へ走っていった。

 ああいうところはまだまだ子供だなと可愛い娘を見送り、俺は桶作りに取りかかった。


 桶の方は滑車以上にすぐに終わった。薪をもスパンと切るナイフの切れ味があれば、チートに合わせての加工もかなり楽にできるからな。桶は2つ作っておいた。今釣瓶にしている桶は元あったものの流用なので、なにかの時に桶が必要になれば1つ桶が足りないことになる。その時になってから作っても間に合うならいいが、そうでない場合にジタバタするのも何なので、釣瓶には専用の桶を作っておくことにしたのだ。

 その間にも井戸屋形は柱が立ち、梁と垂木がかけられ、屋根が葺かれていく。家や小屋、倉庫と違って防水を強く意識する必要はないので、屋根は板が貼られているだけといった風情ではあるが使う上で問題はないだろう。もし問題が見つかればその時に補修すればいい。


 井戸の真上にかかるようかけられた梁に縦に棒を通し、滑車を吊るす。今まで使っていた釣瓶桶から縄を外して滑車に通した後、両端をそれぞれ桶にくくりつけておいた。これで万が一片方が縄を全部引っ張っていってしまっても、滑車にもう一方が引っかかって全部が落ちてしまったりはしない。

 釣瓶は動滑車でなく定滑車なので直接の負担軽減にはならないが、純粋に腕の力だけで引き上げるのとは違い、体重をかけて引くことが出来るのでその分楽なはずだ。


「これで完成かな」


 滑車の釣瓶に井戸屋形。日が暮れつつある風景の中にあるそれは、立派な井戸だ。テラスの脇に井戸があり、その向こうには家と鍛冶場。ますます“黒の森”の中にあるのが不思議なくらい、ちゃんとした家になってきたような気がする。


「水が足りなくなることって今までなかったけど、これからはもしあっても大丈夫ね」

「そうだな」


 備えあればなんとやら。いざとなってもなんとか出来るというのは気を楽にする効果がある、と俺は思っている。“いつも”をできるだけストレスなく過ごしていくためにも、出来る準備は進めていこう。


 井戸が出来たことで水資源の余裕ができた。前にも皆であれやこれやと話したことが再燃するのは、まぁ致し方ないことだろう。

 そうして文字通りの“井戸端会議”をしていると、鈴の鳴るような声が響いた。


「こんにちは、と言うには少し遅かったですかね」


 声の主はまるで人形のような姿をしている。この森の妖精族の長、ジゼルさんだ。


「こんにちは。もうすぐ日が暮れますけど、まだこんにちはで良いんじゃないですかね」


 俺が言うと、ジゼルさんはニッコリと微笑んだ。そう言えば彼女たちに井戸を作っていいかは聞かなかったな。特に井戸を気にしている様子はないので大丈夫そうではあるが。


「今日はなにか御用で? もしかして井戸はまずかったですか?」


 それでも、実は井戸がダメだったら埋めなきゃいけないなぁと思いつつ、俺は聞いた。


「いえ、井戸は問題ないですよ。用件はそれではなく、お願いにあがりました」

「お願い?」

「ええ」


 ジゼルさんは大きく頷いたあと、少し逡巡する様子を見せた。頼みにくいことなのだろうか。妖精族の長直々だというのに頼みにくいとなると、余程のことではなかろうか。できるだけ聞いてあげたいが、無理な場合は無理だと断るしかない。


「実は、あなた方にぜひ会いたいと仰っている方がおられまして」

「はあ。人に会うだけなら大丈夫だと思いますが……」

「いえ、それが会うのは人ではないのです」

「人ではない?」


 俺は思わず片方の眉が上がるのを自覚した。この物言いだと人間族ではないという話ではなさそうだ。獣人ですらないのだろうか。

 ジゼルさんは自分の気を落ち着かせるように、一度深く呼吸をしてから言った。


「はい。あなた方にはこの森の主に会っていただきたいのです」


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書籍版4巻の発売が決定いたしました。発売日等はまだ未定ですが、分かり次第お知らせいたしますので、楽しみにお待ち下さい。

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