世界最上位レベルの依頼人

 この世界には“黒の森”と呼ばれる深い森がある。樹齢を重ねた樹々は樹皮が黒いものが多く、それらが太く高く聳え昼なお暗い。熊や猪、狼をはじめとする危険な生物が徘徊しており、ときには魔物の出現もあるため、「並の人では迂闊に立ち入れば二度と出られぬ」ことから、そう呼ばれていた。

 そして、その森の長たる者が――このねーちゃんである。なんかこう“危険な森の支配者”と言うイメージからは、前の世界で言う日本とブラジルくらいの隔たりがある。まぁ、本人(精霊らしいが)もそこは分かっていて、最初に威厳のある話し方をしたのだろうけど。

 目を白黒させている俺達に気がついたリュイサさんが言った。


「ごめんなさいね、びっくりした?」

「え? ええ、まぁ……」


 下手に否定するのもなんなので俺は素直に頷く。にしても、女性なんだなぁ。俺がそう思っていると、リュイサさんは笑いながら言う。


「うふふ、こう見えて“大地の竜”でもあるからね。私はその極僅かな一部だけど。私のように表出した“大地の竜”のうち森に住まうものが樹木精霊ドライアドと呼ばれているのよ」


 タイミング的には話の続きとも言えるが、まさか俺の思考が読めるのだろうか。サーミャも強い心の動きなら匂いで分かるらしいので、“大地の竜”ともなればそれが出来てもおかしいことはないが。

“大地の竜”とは、この世界において大地を構成していると言われるドラゴンだ。はるか大昔に眠りについた“大地の竜”の上でこの世界は成り立っている……と信じられている。この世界では常識レベルの話らしく、インストールされた知識の中もあった。実在するかはともかく、この世界において神々はその後やってきた移住者かつ管理人に近い。

 つまり、リュイサさんはこの世界の大地を構成する一部であるわけだ。この世界でも大地の神は女神だが、大地はその恵みなどから性別としては女性と見られることが前の世界でもあった。

 比喩表現でなく実際に女性であるというのは流石に前の世界で聞いたことはないが、この世界ではそうなのだろう。

 彼女は精霊とは呼ばれているが、極僅かとはいえ神に等しいかそれ以上の存在である……のだよな? どうにも雰囲気からはそういった感じがまったくないから、どう反応して良いのか俺も家族も困っている。


 いや、困っていないのがいた。クルルとルーシーである。うちの娘達は気楽に近づいて、「近くで見ると2人ともやっぱりかわいいわね」とリュイサさんに撫でられ、ご機嫌になった。少なくとも何らかの危害を加えようということではないのかな。

 だが、まさかうちの娘達を撫でるのが今日の目的ではあるまい。俺は困惑したままではあるが、リュイサさんに声をかけた。


「あの……」

「あら、ごめんなさい。それじゃ本題に入るわね」


 リュイサさんは娘たちを撫でるのを止め、俺達に向き直った。


「単純にいうと、頼み事をしたいのよ」

「頼み事……ですか」

「ええ」


 ニッコリと微笑むリュイサさん。若干威厳とは違う怖さを感じる。


「この森の魔力の濃さが他に比べて高いのは知ってるわね?」

「はい。知ったのはそう昔でもないですが」


 少なくとも俺はリディから聞いてはじめて知った。サーミャとリケ、そしてディアナは魔力についてよく知らないので、この森の魔力濃度がどうなっているのかも知らずにいたのだ。


「それは私が“大地の竜”の一部なのが原因なのだけど、そこは一旦置いておくわ」


 魔力というものが何なのかは分からない。少なくともエネルギー保存則がきくようなものでないことは確かだ。ただそれは“大地の竜”のなにかも関係しているらしい。今はそれ以上の情報は必要あるまい。俺は頷いて先を促した。


「魔力が濃いと魔力が澱みやすくなって……ひいては魔物が発生しやすくなるのも、少なくともエイゾウくんとリディちゃんは知ってるわよね」

「ええ」


 俺は再び頷いた。俺とリディが知り合い、そしてうちに身を寄せるきっかけはまさにそれだ。くん付けについてはおそらく彼女のほうが遥かに年上だろうから気にしないでおく。

 もちろん、女性の年齢を聞くような無作法な真似はしない。というか、この場合聞いたらヤバいとしか思えないし。命の危険がないとも言い切れない。


「この森ではジゼルちゃんたちのおかげで、その数はかなり抑えられていたのだけど、ちょっと困ったことが起きちゃってね」

「困ったこと?」


 今度はリュイサさんが頷いた。


「そう。お願いごとから先に言うと、あなた達にはとある魔物を退治して欲しいのよ」


 その言葉に、リディが息を飲んだのが俺の耳にハッキリ聞こえたのだった。

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