井戸掘りをはじめよう
翌日、朝の日課を終えたら全員で外に出てきた。まずは掘る場所を決めるのだ。
水脈がなければどうしようもないが、ある程度「ここに井戸があればいいな」と思う場所は決めておきたい。
「水脈を探る魔法、なんてのはないよな」
俺はリディに聞いた。聞かれたリディはキョトンとしている。これは無いってことだな。そう思っていると、
「あるにはありますよ」
と返された。あるのか。
「厳密には“水のある方向がわかる魔法”です。間に壁などの障害物があると探知しにくくなるので、地面の下にある水は探るのが難しいんですよね」
「なるほどなぁ」
エコー的な何かだろうか。まぁ、魔法に原理を求めても仕方ないか。10m前後の深さに汲み上げられるほどの水があるかどうか判別するのは、前の世界でもなかなかに難しいことだったと記憶している。それが魔法で分かるなら十分すぎる。
「それでも得意な人なら精確に位置をつかめるんですが、私の場合はそこまで得意でもなく……」
「いや、それでも十分だよ。少なくともここら一帯を掘り返すのが無意味かどうか分かるだけでも全然違うし」
俺がそう言うと、リケがウンウンと頷いた。リケの工房には山に近いが川から遠かったので井戸を掘るのに苦労したという話が残っているらしい。
それならということでリディが魔法を使うことになった。俺が使うような簡単なもの以外で使うところを見るのは、ホブゴブリン討伐の時以来かな。
リディはしゃがみ込むとスッと目を閉じて何かに神経を研ぎ澄ませて、手のひらを地面に向けている。そよそよと風が渡るが、その風に涼やかさが減っているのに俺は気がついた。こりゃ完全に夏だな。
「おお……」
ヘレンが声を上げる。リディの手がほんの少しだが光っているのだ。その光は手のひらよりも大きな範囲の地面をちょっとだけ照らしているように見えた。僅かばかり手のひらと地面の間から光が漏れているようにも見える。
そっとリディが目を開け、しゃがみこんだまま結果を説明してくれた。
「この感じですと、この辺りはどこを掘っても水が出そうですね」
「え、そうなの?」
「ええ」
リディはしっかりと頷いた。その目には確信の色が見てとれる。魔法を使う前のちょっと自信なさげな感じは全く残っていない。
「この光は水のある方に向かいます。少し離れてますけど湖があるのでそちらの方へも行ってますが、もしこの一帯に水がなければ地面には行かないはずなんです」
「光の強さが水の量というか、魔法で分かる範囲ってことか」
「そうですね。この魔法が得意な人で集中して水があると、そこに強い光が向かいます。私は得意でないので光が弱いですが……」
「それでも拡散しているということは地下水がそれなりに集中してあるのではなく、ここいら一帯に分布してるってことか」
「おそらくは」
つまり、うちの家(と工房)は恐らくは不圧地下水を含んだ地層の上に建っていることになる。流石に岩盤より下の帯圧層の水までは探知できなさそうだし。
前の世界の工場みたいにバカスカ汲み上げる事はできないから、地盤沈下みたいなのを気にする必要はないと思うし平地なので地すべりも大丈夫だろうが、なんかちょっと怖い感じはするな。
どこを掘っても水が出るなら、あとはここにあれば便利だと思うところに井戸を作ればいいわけである。これもウォッチドッグのはからいだろうか。それなら最初から井戸を用意してくれたら良かったのではと思わなくはないのだが。
いや、そこまで望むのは贅沢というものか。最低限を用意してくれていたのだからそれで良しとしよう。
井戸の場所については少し紛糾した。皆それぞれの主張がある。
「一番使うのは畑だと思うんですよね」
「クルルとルーシーの小屋に近いほうが洗ったりお水あげるのに便利でしょ」
「表に近いと獲物を解体する時に洗えて便利だ」
「貯水槽そばの方が良くないですか」
それぞれめちゃくちゃ離れているわけではないので、どこに置いても大差はなさそうに見えるのだが、それでも使う頻度とかを考えると、少しでも自分の作業に便利なところがいいには違いない。
しばらく話し合って、折衷案でテラスのすぐ側に掘ることになった。ここなら皆が希望するどの場所からも同じくらいのところにあるし、母屋や鍛冶場へと水を運び込むのにもテラスから入れるので便利なのだ。
「よーし、それじゃあ始めるか」
作業は俺とヘレンとアンネが掘って、出た土を他の皆が運び、時々リディに水の存在を確認してもらうという手はずだ。
俺は部屋を増築したりする時に使ったスコップを手にした。既にスコップを手にしているヘレンとアンネは俺の挙動を見ている。どうしたのだろうと思っていると、ヘレンが俺に言った。
「最初はエイゾウがやりなよ」
鍬入れみたいなもんか。こういうのは気持ちが大事だしなぁ。
「それじゃ僭越ながら」
俺は咳払いをして、水が出ますようにと祈りながら、最初のスコップを地面に突き立てるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます