宴の終わり

「ま、それはともかく、ディアナと皆は新郎新婦のところに行ってくるといい」


 どうやら空いた様子の2人を見て俺は言った。俺も一緒に行っても良いっちゃ良いのだが、今後の機会で言えば彼女たちは圧倒的に会うタイミングが少ないだろうと思ったのだ。

 特にディアナはそう多くもない兄と友人に会える機会なのだし。

 うちの家族は一瞬躊躇したようだったが、すぐに2人の元へと向かった。俺はその後姿に大きくなりすぎない程度の声をかける。


「“手加減”はしてやれよ」


 返事はサーミャのひらひらと振った手だった。俺の仕草がうつったかな。あまりお行儀が良いとは言えないが、この場ではそう咎める人もいないか。

 なんせ“謎の貴族”のそばにいる人間だ。頭ごなしに注意をしたら、実は他国のとても偉い貴族の係累だった……とかだと国際問題にもなりかねないし、そもそも呼んだマリウスの顔に泥を塗る行為だしな。


「やれやれ……」


 俺はため息をついて軽く肩を回した。食事が始まってから緊張し通しだったように思う。あのときは侯爵がすぐ横にいたし。

 そう言えば侯爵は今どこに居るのだろう。なるべくなら1人でいるところを彼に見つかりたくないのだが。またぞろ厄介なことを言われかねない。

 キョロキョロとしている俺に、低めの声がかけられた。


「どなたかをお探しですかな?」


 侯爵のどっしりとした声ではない。もう少しだけ軽薄そうな感じである。


「話しかけるわけではなく、その逆ですけどね」


 俺は何度も聞いたことのある声の方を見ずに言った。


「私でないと良いのですが」

「まさか。もしかすると来てないかもと思っていたくらいですよ」


 俺はこの茶番に苦笑し、声の方へ振り返った。


「今までどこにいたんだ、カミロ」


 体格だけで言えば侯爵に引けを取らないその体に、今日はかなり豪華な服を着た俺の取引先の姿がそこにあった。

 俺が手を差し出すと、カミロはグッとその手を握ってから俺の肩を軽く叩く。


「裏だよ。今日は色々とやることがあってな」

「それで食事会にはいなかったのか」

「ああ。ほとんど同じものは別の部屋で食べてきたけどな。食い終わったのがさっきだ」

「サンドロのおやっさんの料理は美味いからなぁ」

「だな」


 ニヤッとカミロが笑う。この様子だとボリスかマーティンか、独立したら街に呼ぶかもな。そうなったら納品のときの楽しみにできるから都合はいいのだが、そこは彼らの人生である。俺から言うような無粋な真似はすまい。


「挨拶回りはいいのか?」

「ここにいる連中で今から顔を繋がないといけないようなのはいないからな。新郎新婦には別に挨拶を済ませてあるし」


 カミロは肩をすくめた。商人にかかれば、この場も人脈を広げるものでしかないらしい。いや、そもそもこういう場はその目的も含んでいると思ったほうがいいか。

 前の世界でも、誰それの結婚式で友人として来た2人が知り合ってとかあったもんな。


「オッさんたちは2人寂しく壁のシミにでもなってようや」

「そうだな」


 そう言って俺とカミロは世間話をはじめた。周りの人間がチラッチラッと視線を送ってくる。侯爵と伯爵に直接コネがあり、その両方につながっている商人とも気軽に談笑している、この貴族の爵位がどのあたりなのかを見定めようとしているのだろう。

 貴族社会での俺の立場がどんどん謎になっていく気がするが、そこは気にすまい。


 今日は身内と知己だけの宴だが、マリウスは近々街へ行ってささやかながらパレードをするらしい。その時の取り仕切りもカミロだそうだ。


「また厄介な」

「だからこそ儲かるのさ」

「なるほどねぇ」


 パレードのときには少なくない額の金が動くのだろう。それをキッチリ拾って、俺の取引先として繁栄してくれれば俺としても嬉しい。友人として嬉しいと言う感情があるのも否定しないが。


「そう言えば代官を置いてるんだったなぁ。そのうちルロイが行くんだろ?」

「俺はそう聞いてる。キールステッド男爵が今の代官だが、早く引退したくて仕方ないらしいからな。ほら、あそこで侯爵と話してるのがそうだよ」


 カミロは小さく身振りで指し示す。俺が目線で追うと、侯爵と話をしているキリッとした雰囲気の老人がいた。

 老人は白髪を後ろになでつけ、白いひげを蓄えている。服装こそ貴族のものだが、雰囲気的には前の世界の映画で見た、指輪を捨てに行く話の魔法使いみたいだ。


「あれこれあってマリウスに引き留められてるらしい。引退しても半分親代わりなのは変わらんだろうな」

「ふぅん」


 俺はそんなふうに返事をしたが、親友の親代わりの人に心の中で深く頭を下げた。


「さて、皆様宴もたけなわではございますが、そろそろ本日はこれにてお開きと致したいと思います」


 ややあって、ボーマンさんが朗々たる声でそう告げる。もうそんなに時間が経ったか。ホールの中央にマリウスが進み出た。


「皆様、本日はお越しいただきましてありがとうございました。なにぶんまだ若い2人ですので色々あるとは思いますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」


 大きな声で礼を述べると、ホールに拍手が響き渡る。それは2人への祝福の大きさを示すように、長い間鳴り止まないのだった。

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