謎の貴族
ダンスを終えて、俺はみんなのところへ戻った。みんなからも温かいような、そうでないような目線と拍手が飛んでくる。
「いやぁ、大変だった」
「悪くはなかったけど、レッスンが必要かしらね」
「そうねぇ。王国式と帝国式、両方覚えておいたほうがいいかもね」
俺の言葉を聞いて、ニヤニヤと笑いながらディアナとアンネが言った。礼儀作法と同じく、講師としてはトップクラスと言っていいだろう。王国の伯爵家令嬢や帝国の皇女様直々にご指導賜われると聞けば、挙手する貴族の若い女性はさぞ多かろうとは思う。
だが、残念ながら俺は外見でも30歳で、しがない鍛冶屋のオッさんなのだ。習ったところでなぁ……。
「やるとしてもお手柔らかにな」
思わず苦笑が漏れる。それを見て家族のみんなが笑顔になった。いつもならドッと笑うところなのだが、周囲の様子をみてのことだろう。
「で、なんて?」
ディアナが笑顔を引っ込める。艶っぽい話では全く無かったのはとっくに把握されているようだ。いや、艶っぽい話だったらそれはそれで真顔で詰められるのか?
「ただの挨拶だよ。密偵さんだって。どうも王家直属」
「事が深刻にならないうちに顔を繋いでおいたってこと?」
「さすが皇女殿下と言うべきかな。どうもそうらしい。今すぐどうこうって感じでもなかったし」
「まずい状況ならこんなところへ悠長に顔を出している暇ないでしょ」
少しつまらなさそうにするアンネ。本来は鍛冶屋があちこちの厄介事に首を突っ込む状況がおかしいんだからな。
「にしても、新郎新婦や主賓を差し置いて俺に挨拶って良かったのかな」
「その主賓の差し金だと思うけどね」
アンネはごくごく小さく鼻を鳴らした。可愛がっている身内の結婚式でも利用できる部分があれば、そうすることをためらわないのはあの御仁らしいと言えばらしいが。
「なるほどねぇ」
「厄介事だったら断っても良いんだからね」
俺の相槌に、ディアナは真剣な目をして言った。王国の密偵から連絡が来た場合に断れば、エイムール家が侯爵、いや、王家に睨まれかねない。
俺がそこを斟酌してどんな厄介事でも首を縦に振るのではと言う懸念は分かる。と言うか俺自身そう思うし。概ね友人の危機ということだからな。
でも、俺の中の優先順位はもう決まっているのだ。
「俺の優先順位は家族と過ごすいつもが一番上だよ」
それを聞いて、ディアナは喜ぶような、悲しむような複雑な表情を見せる。
「今日みたいなお祝い事は別だし……」
俺はそこで一旦言葉を区切った。どう言えばいいかな。
「家族のいつもが崩れそうだと言うなら、俺は誰に何を言われても事態の解決に手を貸すつもりだ」
流石に他の言葉は使えなかった。特に「ディアナが悲しまないためなら」とは。帝国やらリケの実家、あるいは黒の森にエルフ達の里でなにかあると言うなら、それはそれで解決に力を惜しまないだろうし。
将来のんびり暮らしていくために必要なことなら、何だってやろうと思う。その割には色々と巻き込まれてしまっているのは確かだが。
一瞬だけ苦笑し、すぐに引っ込めて、ディアナの目を見て俺は言う。
「心配してくれてありがとうな、ディアナ」
ディアナからの返事は真っ赤な顔と肩へのほんの僅かな痛みだ。
「それにしても、思ったより話しかけてくる人がいないな」
俺は舞踏会場内を見回した。皆それぞれに相手を見つけて会話したり、さっき俺たちが拙いながら踊ったのが口火となったのか、数組がゆったりと踊っていたりする。
だが、俺たちに話しかけてきたのはアネットさんくらいなものだ。いや、この場ではただのオッさんに過ぎない俺はともかく、うちの女性陣の華やかさたるや、と言った感じなのでもう少し話に来る若いのがいるのかと思っていたのだが。
「食事会の時に侯爵と気安く話してたからでしょ」
小さくため息をついてディアナが言った。
「侯爵と気安く話をしている見知らぬ貴族らしき男性、しかし、明らかにこの土地の人間ではない」
「それに、周りには女性を多数置いていて、その中にエイム―ル家の令嬢と“迅雷”がいるし、エルフやドワーフ、獣人に巨人族まで、なんて相手にどう接したらいいかなんて分かる人間、そういるとは思えないわね」
ディアナの後をアンネが引き取った。
「そうかぁ、俺は周りから見ると謎の貴族なんだなぁ……」
「え、今?」
「薄々そうかなとは思ってたけど、言われるとそう実感するしかなくなった」
そう言って俺が口を尖らせると、家族のみんなはいつもの通り笑うのだった。
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