贈り物には薔薇を
「ああ、そうそう」
俺は今の動作をごまかすようにそう言った。実際、喜ぶ2人にはまだ渡すものがある。ナイフの方を一旦リケに預けて、ディアナの方をチラっと見ると頷いている。
どうやら直接渡しても問題なさそうなので、俺の言葉で床に足を戻したジュリーさんに守り刀を差し出した。
「我々エイゾウ工房からのお祝いの品です。こちらがジュリーさんのです」
ジュリーさんは差し出された守り刀をそっと手にとった。白木に彩色された薔薇の彫刻を見て、目を輝かせる。
「北方の風習ですが、悪いものを寄せ付けないようにとの意味がこめられています。もちろん、刃物としてちゃんと護身用にも使えますよ」
「ありがとうございます」
鈴の鳴るような、という形容詞がよく似合う声でジュリーさんがお礼を言った。
「見慣れない様式の鞘だが、北方のカタナなのか?」
興味を隠しきれない様子でマリウスが言う。俺はそれに頷いた。
「短くて鍔もないが、刀身はちゃんと刀になっているぞ」
「ほほう」
「そしてそんなお前にはこっちだ」
リケに預けていたナイフをマリウスに差し出す。マリウスは手に取ってしげしげと眺めた。
「見た目は普通だな」
「ジュリーさんはともかく、お前が身につけたときに目立たないようにだよ」
「なるほど。抜いても?」
「式の前にそういうことをしても問題ないのなら」
聞いてきたということはきっと大丈夫なのだろうとは思うが。前の世界だと「縁起が悪い」と目を剥く人がいそうだ。
マリウスがそろりと鞘からナイフを抜くと、刀身に施した薔薇がその姿を表す。それを見たジュリーさんがわぁと感嘆の声を漏らした。
「ジュリーさんのと揃いになるようにしてある」
「ほほう」
ジュリーさんとマリウスが寄り添って守り刀の鞘とナイフの刀身を並べると、今の2人を示すように2輪の薔薇がそこには咲いている。
「もしかして、これは両方とも」
「あー、そうだな。アレと同じだ」
マリウスの言葉に俺は再び頷きながら言った。2つとも特注品と同じレベルのものになっている。つまりはこの家の家宝の剣と同じ品質ということだ。
いや、腕が少し上がっていたり、魔力をふんだんに使える状況だったりしたので、こっちの夫婦剣のほうがもしかすると品質としては上になっているかも知れない。
「十分に気をつけて扱うよ」
「頼んだぞ。よく斬れるからな、それ」
「わかってるよ」
そう言ってマリウスは苦笑した。彼は特注品の斬れ味をよく知っている。取り扱いにうっかりすることはあるまい。
「エイゾウ、本当にありがとう」
「私からもありがとうございます」
マリウスとジュリーさんがそう言って頭を下げようとするのを、俺は手振りで止めた。
「それを言うのは式が終わってからにしろ。それに……」
「それに?」
マリウスとジュリーさんが顔を見合わせる。
「友達が結婚するんだ、そんなに礼を言われるほどのことはしてない」
マリウスの顔が一瞬歪んだが、すぐに元のイケメンに戻ると言った。
「そうか、分かった。じゃあ、また後でな」
「おう」
そう言って、俺は扉の方に向かう。ディアナやうちの女性陣もジュリーさんに「また後でね」と言ってからついてきた。
扉の外ではボーマンさんが待っていて、俺たちを先導し始めた。少し見慣れた景色だから、いよいよホールに向かうようである。
ホールへ向かう途中、俺は隣に並んで歩いていたディアナに小声で言った。
「さっきの、カッコつけ過ぎだったかな」
「ちょっとね。でも、ありがとう」
そう彼女に言われて、俺はなんとなし足元が軽くなったような、そんな気がした。
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