祝宴は賑やかに

 ボーマンさんについて廊下を進む。これから訪れるのであろう喧噪は影も形もない。歩きながら外を眺めると、2羽の小鳥がおしゃべりをするようにさえずり合っている。

 小鳥たちにもこの場の喜ばしい雰囲気が伝わっているのだろうか。そんな益体もないことを考えた。


 やがて大きな扉の前にたどり着いた。この扉は見覚えがある。ホールの扉だ。

 ボーマンさんが扉を開けて、中へ入るよう促す。俺たちはゾロゾロと中へ入った。


「わぁ」


 そんな声を上げたのは誰だろうか。もしかすると俺かも知れない。前の祝いのときにはもっと質素だったホールのあちこちに飾りがあり、そのホールを埋め尽くさんばかりの大きなテーブルも装飾されている。

 伯爵家の結婚式となるとやはり豪華なのだなぁ。家と家とのつながりの他にも経済力を見せつける場でもあるしな。


「皆様はこちらへ。間もなく他のお客様もいらっしゃいます」


 ボーマンさんがそう言うと、ホールの中で待機していた他の使用人さん達が椅子を引いてくれた。場所はテーブルの端で、言うなれば下座ではある。

 だが、これは俺たちを軽んじているというよりは面倒に巻き込まれないよう、なるべく他者との接触が少ないところを選んでくれたのだろうな。

 そもそも軽んじているなら、わざわざ控室を別に用意したり、式の前に個別に会ったりはするまい。

 俺たちは素直に椅子に座った。椅子のクッションがふかふかである。これは総出で整えたんだろうなぁ。

 俺の隣にはサーミャが座っていて、キョロキョロとあたりを見ている。落ち着かないらしい。たしなめようかと思ったが、ディアナもアンネも何も言わないのでするがままにしておいた。他の人が来たらじっとするだろう。

 サーミャが座っているのと逆の側には誰も座っていない椅子がある。つまりはここに誰かが来るのだ。はてさて、どんな人が来るのだろうか。


 そんなことを考えていると、ボーマンさんの言葉通りゾロゾロと他の人達がカテリナさんや他の使用人の人に連れられて入ってきた。サーミャのキョロキョロがピタリと止まる。

 皆身にまとっているものが豪華である。一見すると質素なものでもよく見ると刺繍が施されていたり、確実に手がこんだものだ。

 当然身分的には俺たち(ディアナとアンネを除く)よりも上な人たちなので、立ったほうが良かろうかとボーマンさんを見やると、彼はそっと首を横に振った。

 立つ必要はないということらしい。なので、お言葉に甘えて立たないが不躾に顔を見つめたりすることもしなかった。


 ……のだが、俺の視線は1人を捉えてしまった。勲章のようなものを佩用した豪華な服を身にまとった、偉丈夫と言っていいだろう体躯。

 その男は俺の視線に気がつくと、ニヤリと笑って俺の隣に腰を下ろした。周りも着席をして話を始める中、俺は隣りに座った男に話しかけた。


「ここは下座も良いところですよ。貴方ならもっと上席じゃないんですか」

「なんだ? 気に食わんか?」

「滅相もない」

「ハハハ、まぁそう嫌がるな」


 俺の隣に座ったのはメンツェル侯爵である。流石に新婦のご両親を差し置くわけにはいかないとしても、身分でも立場的にもこんなところに座らせるような御仁ではないはずなのだが。

 前の世界の飲み会で隣に部長が座った時を思い出す。たまたまそこが空いたからなのだが、突然ドカリと座ってくるもんだから相当に気を使ったものである。


「いえ、別に嫌がるとかでは……」

「なに、新郎新婦双方に繋がりがあって侯爵だとはいっても、所詮は新郎にとって“父親の友人”で、新婦にとっては“親戚のおじさん”でしかないからな」


 侯爵はそう言って笑った。「いや、それ普通に貴賓中の貴賓やないかい」と、心の中でそうツッコミを入れる。流石に声と身振りでツッコミを入れる勇気はない。


「ワシも堅苦しいのは好きではなくてな。お前の隣のほうが気安いというものだ。お前もそうだろう?」


 どうやら侯爵の中では、俺がここに座っているのは厄介事を避けるために、俺が希望したということになっているらしい。そう外しているわけでもないのが流石というか何というか。


「そうですね。隣が見知らぬ貴婦人だったら、もっと緊張していたことでしょう」


 俺がそう答えると、侯爵は一瞬目を丸くしたあと、


「ガハハ! そうだろうそうだろう」


 と機嫌よく笑うのだった。

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