友達として

 ぞろぞろとボーマンさんの後をついて邸内を進む。前来たときには見なかったタペストリーが廊下にも飾られている。

 こう言うときにだけ飾るのだろうか。飾ってあるとこまめな手入れも必要だろうからな、普段はしまっておくのも分かる話ではある。

 歩きながら眺めていることに気がついたのか、ボーマンさんが、


「当家はこれでそこそこの歴史がありますからね。それを綴ったものです」


 と言った。そう言えば戦闘シーンをえがいたものが多いように見える。武で鳴らした家、というのは伊達ではないらしい。

 似た感じの人物が片方にずっと描かれているので、これが歴代のエイムール家の当主なのだろう。相手側は人間だったり、魔物らしき何かだったり様々だ。

 サーミャとリケ、リディは「へー」といった感じで、流し見のように見ている。

 ディアナは全く興味がないようだった。自分ちのもんだし、家の中を探検してしまってあるタペストリーをしょっちゅう見てたりしてても不思議はない。

 逆にヘレンとアンネは興味深そうだ。前者は戦闘を描いたものとして、後者は他国の貴族が残した歴史の一部として見ているみたいだ。

 マリウスが当主の間に大きな戦がなければ、家督を譲る時にあの魔物討伐のことがタペストリーや絵画になるのだろうか。


「アンネの家にもこう言うのあるのか?」

「あるにはあるけど、くらにしまってあって、出してるところを見たことないわね」

「へえ」


 皇家ならそれなりにたくさんありそうなもんだが。1代の皇帝というわけでもないらしいし、それはそれは荘厳なものが飾られていればハッタリも効きそうなものだが。


「お父様がこう言うの全く興味ないから」

「ああ……」


 1度だけ会った印象からいっても頷ける話だ。あの御仁ならハッタリの効果を知らないわけではないだろうが、そのメリットをぶん投げるくらい興味がないってことなんだろう。

 こうしてタペストリーの内容を軽くボーマンさんから聞いたりしながら、廊下を歩いていった。


「こちらでございます」


 ボーマンさんはある扉の前で止まった。あまり大きな扉ではない。確かこの家のホールの扉はそこそこ大きかったはずだ。そして客の控室はさっきまで俺たちがいたところである。控室でもホールでもないということは……。


「個別に会って大丈夫なんですか?」


 新郎新婦の控室、ということだろう。前の世界でも友達だったりが披露宴前に顔を出すこともないではなかったが、おいそれと顔を出してもいいものか。


「もちろんでございます。“ご友人”をお通しするようにと主人から仰せつかっておりますので、むしろ案内致しませんと私が怒られてしまいます」


 ボーマンさんはウィンクをしながら言った。こう言う場ではふさわしくない仕草なのであろうが、俺たちはそういうことを気にしない。

 俺が頷くと、ボーマンさんは扉をノックした。


「マリウス様、“ご友人”のエイゾウ様ご一家をお連れしました」

「入ってもらってくれ」


 聞いたことのある声が扉越しに響いた。ボーマンさんが扉を開ける。その中には、今までに見たことのない豪奢な服を着たマリウスと、それに負けないほどの豪華なドレスを来た綺麗な女性がいた。

 マリウスは立って俺たちを出迎えており、女性が立とうとするのを手振りで制した。


「ジュリー! おめでとう!」

「ディアナ! ありがとう!」


 ディアナは座ったままの女性、つまり、マリウスの奥さんであるジュリーさんに駆け寄ると、ギュッと抱きついた。

 こう言うときにキャッキャするのは古今東西――そもそも世界すら違うが――あまり変わらないらしい。あんまり抱きついて着崩れしないようにな。

 うちの女性陣も奥さんの方に向かって祝いの言葉を述べている。


 俺はマリウスに手を差し出した。


「おめでとう」

「ありがとう。実は来てくれるかどうかちょっとヒヤヒヤしてたんだよ」

「“友達”の式だぞ、来ないわけがないだろう」

「それを聞いて安心したよ」


 どこかしら緊張した面持ちで笑うマリウス。


「指輪、ありがとうな」

「ああ。ありゃあ難儀したぜ」


 俺は隠さずに苦笑した。あれほど扱いの難しい金属もない。金属かどうかも怪しいくらいだし。


「それに、なんだかおおっぴらに言えないことがあるんだって?」

「あれ、カミロから聞いてないのか?」

「ああ」


 マリウスは頷いた。


「なんでも『エイゾウ本人から聞いたほうがいいだろ』だとかで、教えてくれなかった」

「あいつ……後で覚えてろよ」

「で、なんなんだ?」


 聞かれて俺は一瞬迷った。知らせず隠しておいたほうが良いのではないだろうか? いや、提供した品物に隠し事があるのはよろしくあるまい。俺は少し意を決して言った。


「あの指輪には妖精の加護がかかっているんだよ。どっちにもね」


 マリウスは笑おうとした。多分、俺が冗談を言ったのだと思ったのだろう。だが、俺がいつもの仏頂面を崩さずに言ったので、マリウスは怪訝な顔をした。


「……本当なのか?」

「俺がそんなしょうもない嘘を言うと思うか? “黒の森”の妖精の長直々に“災厄除けの加護”を授かってるんだよ、あの指輪は。大概の厄介事からは身を守ってくれるってさ」


 俺の言葉に、マリウスの目が見開かれる。とんでもないものを手にしてしまって厄介だなと思っているのかと思っていると、マリウスはジュリーさんの方に駆け寄って抱き上げた。


「あははは! 僕の友達はとんでもないやつだ! 僕たちの指輪に妖精の加護までつけてくれたんだって! すごいだろう、ジュリー!」


 抱き上げられたジュリーさんは、さっきのマリウスに負けないくらい大きく目を見開いてディアナの方を見た。ディアナが頷くと、ジュリーさんは満面の笑みになって、


「ええ、ええ!」


 とマリウスと2人で笑いあう。俺がタペストリーを作るならこの瞬間で作るかも知れない。それくらい幸せそうに見える。

 それにしても、まさかここまで喜んでもらえるとは。俺は目からほんの少しだけ溢れた感情の塊を、誰にも分からないよう、そっと手で拭い去るのだった。

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