それは花が咲くような
果たせるかな、扉を開けて入ってきたのはうちの家族の皆だった。それぞれ色の違うドレスを着ている。
サーミャは橙、リケは紫、ディアナは藍色、リディは緑、ヘレンは赤、そしてアンネは黄色だ。
前の世界の知識があると普通に見えてしまうが、この世界でだとこれだけ色違いのドレスを揃えるのは大変だったに違いない。
どこから借りて(あるいは買って)きたものなのか、皆ある程度サイズが合っている。
とはいえ、サイズを測っていない状態では、さすがに完全に合わせることができなかったようで、裾が足りないヘレンとアンネの長身組には裾にレースのような布が足され、逆にリケは袖を少し肩の方に上げてある。
おそらくは今日1日保たせるだけの急拵えだろう。それでもしげしげと眺めでもしないと分からないようにしてあるのはさすがだ。結構時間がかかってるなとは思ったが、これに時間をかけていたんだな。
ディアナのは当たり前だが自前のもののようで、これはピッタリ合っている。
良かった。うちの暮らしで腹回りに肉がとか、逆に肩の筋肉がとかなってたら、今日はマリウスに詫び倒す日になるところだった。祝いの日にそれは避けたい。
皆、髪も宴席にふさわしく整えられており、普段はあまりしない化粧もしていて、まさに百花繚乱と言うべきか。それぞれに色の違う花が咲いているかのような錯覚さえ覚える。
そんな皆を見て、俺は思わず口にした。
「みんな似合ってるなぁ」
そう言うと、サーミャにバシンと肩を叩かれた。上手いこと尻尾が出るようになっているドレスで、普段着ている服と比べて露出はかなり控えめだ。「レオポルト兄様の母上っぽい」とはアンネの評である。確かライオンの獣人だったか。
サーミャは虎の獣人だが、帝国のお妃様レベルで高貴さを醸し出しているということだろう。あいにくお妃様の知り合いがいないので、俺にはよくわからないが、似合っているのは確かだ。
照れたりせずにしっかりしているのはリケである。「固いんですよね、私の髪」と言っていた髪もすべて後ろに流してあり、それを金色の髪留めで留めてあった。普段の快活な感じは鳴りを潜め、お姉ちゃん然とした雰囲気が表に出ている。
大人っぽい、と言えば良いのだろうか、見た目には着飾った子供のようにも見えるのだが雰囲気が明らかにしっかりした大人の女性のそれなのだ。
「こう言うのは着慣れませんね」
「“私はもっと質素なので!”って最後まで言ってたものね」
リケの言葉にディアナが苦笑した。リケの気持ちはよーく分かる。俺も最初はかなり抵抗したからな。
「似合ってるんだから、堂々としてりゃいい」
「わかりました、親方!」
満面の笑みのリケ。それはお淑やかさすら感じた雰囲気はどこへやら、いつものリケの顔だった。
ディアナは伯爵家令嬢として着慣れているのか、アンネ以外の他の皆から多少なりとも感じるぎこちなさが全く無い。
「もしかして普段からそういうの着てたのか?」
「そんなわけないでしょ。普段のは家でも着てるようなやつよ」
呆れた声でディアナが言う。ド派手ではないが、あちこちに刺繍が入っていて手間がかかっていることが分かる。普段はおろしてある髪も今は結い上げられていた。流石に天をつくほどではないが、貴族のお嬢様と聞いてイメージする姿ではある。
「いや、あまりに自然に着てて似合ってるからさ」
俺が言うと、サーミャが腕を組んでウンウンと頷いた。そのドレスであんまりそういう格好しないほうがいいと思うぞ。一部分がムチッと盛り上がってしまっている。
今度はディアナにバシンと肩を叩かれたが、直後に「ありがとう」と笑顔を向けられる。俺は、
「お、おう。どういたしまして」
と少しドギマギしながら答えるのが精一杯だった。
リディは髪はそのままである。顔に少し化粧しているが、それも極々薄いように見える感じのものだ。エルフだからなぁ……。ドレスも他の皆と比べて装飾が少なめのものだが、それがかえってプロポーションと顔の良さを際立たせている。
「森の妖精って感じだな」
俺たちは実際にジゼルさんたち森の妖精を見たことがあるわけだが、「森の妖精」というテーマで絵を描けと言われたら、今のリディにモデルを頼むだろう。
何度目になるか分からない衝撃が俺の肩を襲ったが、リディなのでサーミャやディアナほど痛くはない。
「絵物語から出てきたみたいよね」
「うん。俺もお世辞抜きにそう思う」
アンネが言ったことに俺は同意する。遠征の時にも他のエルフを見かけて美男美女揃いだなぁとは思ったが、そこに更に磨きをかけられるもんなんだな。
さて、大人しくしていたリディ以上に大人しいのがヘレンである。顔をドレスに負けないくらい真っ赤にしてプルプルしており、いつもの“迅雷”の迫力は微塵もない。
ヘレンのドレスは割と派手な方で、アンネの次くらいに派手になっている。これは裾に布を足していることがあるが、ドレープが多めにあったりと元々かなり装飾が派手なことにもよる。
それがスラリとした長身を飾っていて、「貴族の娘です」と言われれば普通に信じるだろう。まぁ、半分は事実なんだけどな。顔の傷が多少雰囲気を損ねているが、俺にとってはごく些細なことである。
「ヘレンも元がいいからなぁ」
と俺が言ったところでヘレンの右腕が消えて、寒気を感じた。その瞬間、俺は体を一歩下げる。ヒュッと風切り音が聞こえて、俺の肩があったところをヘレンの腕が通り過ぎた。
ヘレンの全力肩パンは流石に喰らいたくない。肩が外れかねん。
「まぁまぁ、エイゾウは褒めてるだけだし、実際似合ってるから大丈夫よ」
ディアナがヘレンの肩を軽く叩いてたしなめる。ヘレンは小さくコクリと頷いた。その後ジッと俺の方を見るので、俺も頷く。
顔は赤いままだが、ヘレンのプルプルはもう止まっていた。
「アンネはまぁ皇女殿下だしな……」
「えー」
アンネが口を尖らせる。皇女殿下としての立場も考慮されているのか、装飾が一番多いのは彼女のドレスだ。「お姫様のドレス」と言われたら、10人中9人は想像するだろうドレスである。
ディアナと違って自前のドレスではないだろうに、なぜかバッチリと着こなしている感じがある。着る経験も多かっただろうしな。
「似合ってるのは他の皆と変わらんぞ。さすがだなぁと思ってるだけだ」
「それもなんかちょっとひっかかるけどね。でもありがとう」
アンネは帝国第七皇女とは違う、1人のアンネとしての笑顔で返してくれた。
「さて、皆様ご準備はよろしいですか?」
「はい、すみませんお待たせして」
「いえいえ、とんでもない。それでは皆様こちらへどうぞ」
ずっとニコニコと事態を見守ってくれていたボーマンさんに促され、俺たちはその後をついていくのだった。
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