お着替え
「おお、あんたか」
「おっ。よう!」
エイムール家の屋敷に着いて、プレゼントを抱えて荷車から降りると、1人の男が裏手からやってきた。馬車――うちの場合は竜車だが――を裏に回すためだろう。そして、俺はその男を知っていた。
「マティス、元気にしてたか?」
「もちろん。走竜か、珍しいな」
「まぁね」
魔物討伐遠征のときに馬番をしていたマティスだ。見知らぬ貴族が相手ならマティスも畏まって接するのだろうが、俺は彼にとって知らぬ相手でもないし、ただの鍛冶屋相手だから挨拶も気さくなものである。
相変わらずどこかのんびりした感じに、若干の懐かしさすら覚える。
「それじゃあ、うちの娘を頼んだ」
「……任せろ」
俺の言葉に一瞬怪訝そうな表情を見せたが、マティスはドンと胸を叩いた。こいつなら大丈夫だろう。
「2人ともいい子にしてるんだぞ」
「クルルルル」
「わん!」
俺は2人の頭を撫でる。サーミャや皆も同じように頭を撫でて、ほんの少し離れ離れになることを惜しんだ。クルルはマティスにそっと手綱を引かれ、ルーシーも大人しくマティスの後をついていく。
「それではこちらです」
2人とマティスを見送る俺たちにカテリナさんが声をかける。俺たちは頷いてカテリナさんの後をついていった。
玄関から入ると、やはり見知ったこの家の使用人がそこで待っていた。
「皆様、お召し物のお着替えをお願いいたしますので、カテリナに続いてこちらへ。エイゾウ様は私に続いてこちらへどうぞ」
「ああ、ボーマンさん。すみません、いつもお手間をおかけして」
「いえいえ、とんでもないことです」
この愛想と恰幅のいい使用人はボーマンさんだ。なんでもこの屋敷の使用人では一番偉いとか聞いたことがある。そんな人を俺達の接遇に回して良いんだろうか。
過剰ではと思うが、マリウスの気遣いだし祝の場であることも考えて、素直にボーマンさんに従う。さてさて、今回はどんな服を着せられるのだろう。
ボーマンさんと俺は何度か来たことのある廊下を進み、やがてボーマンさんがとある部屋の扉を開けた。
「こちらでございます」
「ありがとうございます」
会釈をして部屋に入ると、果たせるかな数名の使用人が待ち構えている。俺じゃ着方が分からんからな。
「すみません、毎度毎度」
「いいえ、どうぞお気になさらずに」
持ってきたプレゼントを小さなテーブルの上に置くと、使用人さん達は俺の着替えに取り掛かった。抵抗すると時間がかかるだけであることは分かっているので、大人しくされるがままになっておく。
着替えさせられながら、練習がてらこういう場にも着ていけるような服を1着くらいは持っておくべきだろうかなどと考える。
いや、出番がどれだけあるか疑問だな。ただの鍛冶屋だし。それに侯爵あたりに変に知られてしまうと「そう言う場に出る覚悟ができたと聞いて男爵位を持ってきたぞ!」と「うちの畑でじゃがいも取れたんでお裾分けに」みたいな感覚で持ってこられかねない。
毎度手数をかけさせるのは心苦しいが、そう滅多にあることでもないし、使用人の人たちには勘弁願おう。
数人で着せ替えてくれたので、着替えは素早く終わった。俺が今着ているのは王国の貴族が着る様式のもので、北方のものではない。
似合う似合わないは別として、紋付羽織袴を着せられても困るからありがたいが。着せられたのはちゃんとした礼装のようで、あちこちに刺繍が施してあるが、あまり華美でないあたりが武で身を立てた家と言う感じがする。
おそらくはこの家の誰か、つまりはもう誰もいなくなってしまった男性の誰かが残した装束なのだろうと思う。それを着せてくれたマリウスに、俺は心の中でそっと感謝を述べておいた。
着替えが終わったら、プレゼントを持って再びボーマンさんの先導で移動した。次に案内されたのはテーブルがなく、椅子のみ用意された部屋で、どうやら客の控室みたいである。
隣の部屋には他の人がいるようで、会話しているらしき声が聞こえてきた。
「もしかして、私達のためにこの部屋を?」
「ええ。皆様、貴族の方々は苦手でいらっしゃいますでしょう?」
「何から何まですみません」
俺は頭を下げる。ボーマンさんはニッコリと微笑んで、
「これもお客様へのおもてなしですから」
と事も無げに言ってくれた。実際のところ、俺のことを根掘り葉掘り聞かれるのも面倒だし、アンネも同様だろう。
この家の人達には感謝してもしきれない。今度またこの家の人達になにかプレゼントでも持ってこよう。
恐らく他の家族の着替えも手伝ってくれる人が付いてるはずだが、それでも女性の着替えや準備に時間がかかるのは前の世界もこの世界も変わらない。ましてや今回は祝宴に出るのだ、相応に時間がかかる。
せっかくなので、その時間を使ってボーマンさんとあれこれ話していると、やがてノックの音が聞こえた。恐らくうちの家族が着替え終わったのだろう。ボーマンさんが、
「どうぞ。エイゾウ様はいらしてますよ」
と言うと、ガチャリと扉が開いたのだった。
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