屋敷まで
都の入り口である門にたどり着く。そこは相変わらずの盛況で「やや早いかな」と思っていたが、検問を抜ける頃にはちょうどいい頃合いになっていそうだった。
ガヤガヤと騒がしい中、少しずつ列が進んでいく。クルルが時折つまらなさそうにあくびをし、ルーシーは周りにいる人々が珍しいのか、「あれなに!?」と言わんばかりにしっぽを振って荷台のあちこちから外を眺めている。
チラッと様子を見てみると、ルーシーと目があったらしいリザードマンがニッコリと笑顔を返していた。彼(俺にはリザードマンの性別が区別できないので彼女かも知れない)らの感覚でも「ちいさいわんこは可愛い」のは変わらないようだ。
竜車と周囲の空気を和ませながら、列は全体の長さを延ばしていった。
俺たちが門に到着するまであと半分くらいになり、思ってたよりは少し遅くなりそうだと思った頃、門の方からパタパタと俺達に駆け寄ってくる姿があった。ルーシーがそちらの方に向きなおって「わんわん!」と吠えている。
「カテリナさん」
俺が声をかけると、カテリナさんはシュッと一跳躍で荷台に飛び乗った。ヘレンに負けるとも劣らない身体能力だ。ますますこの人の素性がわからなくなってくる。……周りから見れば謎だらけの俺が言えた義理ではないだろうが。
「すみません、お待たせしてしまって。リケさん、御者代わります」
荷台を移動して、御者台にカテリナさんが座る。そして「クルルちゃんよろしくね」と言うと、手綱を操り竜車を列から離しはじめた。小さく鳴いてクルルが歩きだす。
カテリナさんは御者台から俺のほうを振り返った。
「招待状持ってこなかったんですか?」
「いや、ありますよ」
俺は懐を軽く叩いた。何かトラブルがあったときのためにそこに入れてあるのだ。
「それを見せれば優先して通れたんですよ」
「そうなんですか? いやでも……」
お祝い事なのだし、伯爵家の客人ではあるのだからそう言う特権があっても不思議はないが、一介の鍛冶屋という立場上それを使うのは憚られる。ディアナもアンネも何も言わなかったし。
ちなみに後で聞いたところによると、アンネの場合は「だいたい主賓だし、皇女の顔を知らない家臣とかまずいでしょ」と顔パスだったし、ディアナは「そう言うのは都の内部での行き来だったから、門まで行ったことがない」らしかった。そりゃ分からんな。
「そんなことだろうと思ってお迎えに上がりました。このまま屋敷まで向かいますよ」
さっさと門のところにたどりつくと、カテリナさんは懐から木札を出して衛兵に見せる。衛兵は頷いて一歩道を退いた。今回も荷物のチェックはなしだ。
もし俺たちがご禁制の品を運んでいたらマズいことになりそうなのだが、その辺はなんとかしてるんだろうな。
人でごった返す都の目抜き通りをクルルの牽く竜車がゆっくりと進む。相変わらず様々な種族性別年齢の人がそこかしこにいて、それぞれにやりたいこと、やるべきことをしている。
「この雰囲気自体は嫌いじゃないんだけどな」
前の世界ではそれなりに便利なところに住んでいたし、勤務先は都会のど真ん中だったから、こういった雰囲気には馴染みがある。
「移住します? ご主人様も喜ぶと思いますけど」
俺がポツリと呟いたのを聞きとがめて、カテリナさんが笑いながら言った。
俺は苦笑しながら返す。
「いやぁ、嫌いではないと言っても、性に合ってるのはあっちですからねぇ」
「でしょうね。お嬢様や皆さんを見てても分かります。あら、ルーシーちゃん!」
カテリナさんの声には少しだけ羨望が混じっているように聞こえたが、それは膝にルーシーが飛び乗ったことでかき消えた。
「やっぱり可愛いですねぇ」
「うちの子だからね」
「わかってますよぉ」
デレッデレの表情で言うカテリナさんに、ディアナが釘を差した。宴が終わる頃には「うちの子にします!」とか言い出しかねないのは分かる。
ルーシーが親を失った、普通の子狼であれば一考する余地はあったかも知れないが、魔物化していることもあるし、あり得ない未来になってしまっているが。
もし次に魔物化していない、普通の子狼を森で見つけたら……。いや、無理だな。その子もうちの子になる未来しか思い浮かばない。
ルーシーを里子に出さない代わりに、というわけでもないのだろうが、カテリナさんがルーシーの森での話を聞きたがったので、狩りにも連れて行っているディアナやサーミャがあれこれと話をする。
その話に百面相をしているカテリナさんをルーシーが面白がっているうちに、気がつけば竜車は見慣れた屋敷までたどり着くのだった。
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