到着

 森の中をゆっくりと竜車が進む。家族の気分が乗り移っているのか、クルルの足取りも心持ち軽いように感じる。


「クルルにもおすそ分け持ってきてやるからな」

「クルルルルル」


 俺が荷台から声をかけると、クルルは嬉しそうに一声鳴いた。

 そう言えば、「ちょっと良い飼い葉」ってあるんだろうか。うちのクルルが馬だったらそれにしたかも知れん。


「ルーシーと一緒に貰えるだろうから平気でしょ」


 呆れたようにディアナが言った。宴の間、ゲストの馬やその他連れてきた生き物の世話をするのも、ホストの役目ではあるか。

 ルーシーが尻尾を振って「わん」と鳴く。この子も随分と大きくなってきたなぁ。

 俺は猫派なので、猫がどれくらいの期間でどの程度成長するのか、前の世界にいる時に知ったが、狼の場合は全くわからない。

 ただ、前の世界のテレビ番組でシベリアンハスキーの子犬を見た記憶からすると、それで言っていた年齢よりはかなり大きいような気がする。


「この子はどれくらいまで大きくなるんだろうなぁ」


 荷台に座っている皆の膝を巡回しているルーシーが俺の膝に来たとき、彼女を撫でながら俺は言った。彼女の尻尾が更に速く振られる。


「アタシが見たことある子狼の中では一番デカいのは確かだなぁ」


 そのルーシーを見ながら、サーミャが言った。それなりの数見てきているであろうサーミャの話と考えると、やはり魔物化していることが成長にも影響しているということだろう。

 前の世界で人気だったアニメ映画の犬神クラスにデカくなったらどうしようかな。小屋を広くすればいいか。


「魔力の影響で大きくなってるのだと思います。アンネさんの身長より少し大きいくらいまでは大きくなるかと」


 リディがそう呟いた。となると、2メートルともう少しくらいか。

 もちろん体高ではなく体長だろう。狼の体高で2メートル越えたら体長は4メートルか5メートルくらいになってしまう。クルルと一緒に荷車を余裕で牽けるレベルだ。

 そこまで成長した場合に本人がそれを望む可能性は高いが、ひとまず常識はずれに大きくなることはなさそうで少し安心した。一緒に狩りに行くにも4メートルの体長は持て余しそうだし、街の人も流石に怖がるだろうからなぁ。


「逆に言えば、それ以上にはならないと思います。クルルちゃんも異常に成長しているということもないですし。ただ、なにぶん“黒の森”なので」

「それはそうだな……」


 魔物化した以上、ルーシーの身体の一部は魔力で構成されている。それが普通の森の魔力くらいであれば影響も分かるのだろうが、我が家があるのはこの地域、いや、もしかするとこの世界でも有数の魔力が濃い地域である“黒の森”である。それがルーシーにどんな影響を及ぼしていくのかは分からない。


「まぁ、どうあってもうちの子として育てると決めたんだ、最期まで面倒は見るよ」


 俺がそう言って再びルーシーの頭を撫でると、彼女は分かっているのかいないのか、俺に頭を擦り付けてから一際大きく「わん」と鳴いた。


 森を抜けて、街道を進んでいく。以前クルルは街へ向かわないことを不思議に思っていたようだったが、今日はすんなりと反対側へ進んでいく。


「昨日街へ行ったから、今日は違うって分かるのかね」

「クルルちゃん、お利口さんですからねぇ。分かってるかも知れません」


 御者を務めているリケに話しかけると、そう返事が返ってきた。

 街道は今日も緑の絨毯を敷いたように草原が広がり、太陽の恵みを受けてくすぐったがるように風になびいている。昨日に引き続いて平和な街道だ。


 少し街道を行くと、普段は見ない一団を見かけた。全員鎧を着て武装している。俺たちはそれを見ても警戒はしなかった。それでも念のためだろう、ヘレンが荷車の床に置いた剣の柄にそっと手をかけている。


「やあ、どうも! 上から失礼します!」


 俺はこちらから声をかけた。武装した一団の前掛けにはエイムール家の紋章が入っていた。つまり、一団は街の衛兵隊だったのだ。中には何度か街の入口で見かけたことがある人もいる。

 街の領主の婚礼があることだし、参列の途上で客が襲われないように巡回を増やしたとかだろうか。

 見知った顔の衛兵さんが大きな声で返してくる。


「竜車がくるから珍しいと思ってたら、あんたらか。都へ行くのか?」

「ええ、用事がありまして」

「見回ってきたところだから大丈夫だと思うが、道中気をつけてな」

「はい、ありがとうございます!」


 荷台から顔をのぞかせたルーシーが「わんわん!」と挨拶をし、衛兵さんたちに手を振られて俺たちは都へと向かっていく。

 そして、衛兵さん達の巡回もあってか何事も起こらずに、俺たちの乗った竜車は都へとたどり着いたのだった。

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