小さなお別れ
夕食の終わり際、いつもなら明日の予定を確認する時間に、俺は懐から小さなナイフを3本取り出してテーブルに置いた。
「リージャさん、ディーピカさん」
『はい?』
「この3本をプレゼントします」
俺の言葉に2人は目を輝かせる。
「いいんですか!?」
「もちろん。これも何かの縁ですから。お2人と、もう1本はジゼルさんの分です」
知ってる妖精さんのうち、1人(それも長だ)の分を忘れてしまって呪いを受けたくはない。しっかりとその分は用意させてもらった。
「触っても?」
「もちろん」
おずおずと聞くディーピカさんに、俺は頷いた。恐る恐るディーピカさんは鞘からナイフを抜いた。
「わぁ」
目を輝かせるディーピカさん。刃物なので武器としても使えるが、基本的には道具である。どちらにせよ、心を込めて作ったものだ。喜んでもらえてよかった、と思う気持ちのほうが強い。
ディーピカさんに続いて、おずおずとナイフを受け取り、鞘から抜いたリージャさんも同じような顔をして、ためつすがめつしはじめた。
「喜んでもらえたようで何よりです」
俺が言うと、2人はコクコクと首を縦に振っている。
「そちらの鍛冶屋さんの迷惑にならないと良いのですが」
俺は今更ながら唯一の懸念を口にした。「うちのがあるのに!」となって怒られたりやしないだろうか。
「いや、あの子は面倒くさがりなので大丈夫だと思いますよ」
「むしろ、『自分の作らなきゃいけない分が減ってよかった』って言うんじゃないかな……」
「そうなんですか?」
「ええ」
転生前の事もあって、俺がワーカホリック気味なのは自覚しているが、そこまでのんびりしている鍛冶屋と言うのもなかなか珍しいのではないだろうか。
ああいや、違うな。
「そもそも道具を使う機会って、そんなにないですか?」
「そうですね」
俺が口に出した疑問に、ディーピカさんが頷いた。考えれば当たり前なのだ。道具を使うのはなぜかと言えば、究極には生きる糧を得るためである。
妖精さんたちは食べ物をほとんど必要としない。それこそ自然に収穫できるものがわずかでもあれば、それで大丈夫なのだ。
ただ、それでも必要になるものはある。自衛のものだったり、最低限必要な道具だったりと様々だが、その中でもナイフは出番が多い方なのだろう。それもすぐに壊れたりということはないとして、めんどくさいなぁと思うのは分からない話でもない。
ある意味で俺が目指すべきところのような気がする。その意味では師匠だな。
「その方のお役にも立てたようで何よりです」
そう言ってニッコリ笑うと、2人とも笑顔を返してくれた。
翌日から数日は妖精さん2人の見学付きではあるが、いつも通りの生活が続いた。納品するためのものを作り、畑の様子を見て、娘2人と遊ぶ日々。
守り刀の鞘と柄は綺麗にコーティング出来たので、袋にしまって剣と一緒に神棚に納めてある。
そして数日が過ぎ、その日が来た。
「特に熱なんかもなさそうですし、大丈夫でしょう。なんかあったらまた来てください。ただ……」
俺は妖精さんたちの額に指を当て、簡単に熱をはかってから言った。今日は2人が里に帰る日である。
「わかってますよ。結婚式の日はいない、あとは時々納品にいくから、その間はいない、ですよね?」
俺の言葉をディーピカさんが引き継いだ。話が早くて助かる。
「そうです。ご不便をおかけしてすみません」
頭を下げると、リージャさんが頭を横にふる。
「とんでもない。あなたは命の恩人です。それに妖精族の良き隣人なのですから」
「助からないはずの命が助かっただけでも、我々としてはいくら感謝してもしたりないくらいなのです」
「そう言っていただけると、私も助かります」
そうして、皆で家の外に並ぶ。
「それでは、ありがとうございました」
「正直に言えば、楽しかったです。また来たいくらいに」
「病気でなく、遊びに来てくださるぶんにはいつでもいいですよ。なぁ?」
そう言って家族を見ると、皆微笑んで頷いている。クルルは「クルルルルルル!」で、ルーシーは「わんわん!」だが、嫌っているわけではないだろう。
「嬉しいです。それでは機会があればまた来ますね」
「ええ、お待ちしてます」
何度も何度も振り返りながら手を振る妖精さん達が、森の奥へと少しずつ姿を消していく。俺たち家族全員も、その姿が完全に見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
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