小さな贈り物
持って返ってきた夫婦剣を一旦神棚に納める。拍手を打って拝んで置いてから、守り刀の方を手にとった。
どうせ作業するならいちいち納めなくても良かったのでは、と思わなくもないが、一旦出したものが帰ってきたのだから、おかえりなさいをしておいたほうが良かろうと思ったのだ。
「さて、最後の化粧を施すか」
守り刀の目釘を抜いて刀身を外し、鞘と柄だけにしておいたら、鍛冶場に運び込んでもらったニスを準備する。ニスの入った壺には乾燥を防ぐためか釉が施されているように見えるが、もしかすると北方から来たものかも知れない。
刷毛をニスに浸して余分を落としてから、鞘の方にスッとニスを塗った。今は若干刷毛目が見えるような気がするが、木材に染み込めば刷毛目はほとんど見えなくなるだろう。
ニスをどう加工したのかは分からないが、着彩した部分の色はほとんど変わらず、鞘の薔薇は色を保っている。
それよりも、ニスが染み込んだ時に滲んでこないかのほうが気にかかる。感覚では失敗しなさそうなのでいきなりやったが、万が一失敗した場合にはやり直す。幸い2週間ほど時間をもらえたわけだし。
鞘と柄の外側全面にニスを塗り終え、薄く割った木材を本来刀身が収まるべきところにはめてから、万力に立てておいた。
これで乾燥まで待つわけだが、鍛冶場が乾燥していて気温が高く、早く乾くといっても流石に10分で乾くほどではない。少なくとも30分程度はかかるはずだ。
その待ち時間の間に何をしようかと、鍛冶場を見渡して板金に目が止まった。次の瞬間、ある発想が閃く。そうか、それもいいな。
リケが高級ナイフを作る練習の合間を見計らって、俺も板金を熱する。温度が上がって赤くなった板金にタガネを入れて、小さな板金を3つ作った。
3つ作った板金の1つを再び熱する。加工可能な温度になったら、鎚で叩いて成形をする。板金が小さいので鎚はいつものやつではなく、細工のときに使う小さいやつだ。小さいが頑丈なので加工にも使える。
いつものカンカンという派手な音はせずに、高い音が鍛冶場に響いた。熱して叩いてを繰り返し、やがて小さな板金は小さなナイフの形になる。
小さい分、目の負担が少し大きい気がするな。40のままだったらもっとキツかったかも知れん。
危ないし家族というわけではないので、今回は特注モデルまでにはしない。高級モデルでちょっといい方、くらいにとどめておいた。
1つの形を作り終えたところで、ニスの乾燥具合を確かめる。そっと目立たないところを触ってみると跡がつかない。どうやら乾いているようだ。薔薇の様子を見てみると、特に滲んでいる感じもない。俺はほっと胸をなでおろす。
あまり厚塗りにするのもよろしくなさそうなので、1回重ね塗りしたら終わりかな。
サッサッと刷毛を走らせて、2回目のニス塗りを終えた。あとは乾燥させて、必要であれば表面を磨けば完了だ。こっちは明日には終えられそうだ。
その後、小さな板金の残り2つも最初のと同じように加工する。これってチートの経験値(のようなもの)には加算されるのだろうか。
いつものとは勝手が違うけど、やってることは全く一緒だしなぁ……。
小さいので3本をまとめて加熱し、一気に焼入れと焼戻しをしてしまう。その後研いだら本体は完成だ。小さいのでいつもの細かさとはいかないが、猫のレリーフも入れておいた。握りは鹿革だとオーバーサイズなので、糸を巻いて代わりにする。
鞘はこのサイズで木製は厳しいので、ニカワで革を接着し、糸で縫い止めた簡単なものにした。実用上は問題あるまい。
「よし、こんなもんかな」
作業台の上には、お人形さんサイズのナイフが3本並んでいた。前の世界でみた映画に、包丁やら持って襲ってくる、殺人鬼の霊が乗り移った人形のホラー映画があったことが頭をよぎってしまうが、妖精さんたちとそんなことにはなるまい。ならんように気をつけよう……。
「わぁ、可愛らしいですね」
リケが並んだナイフを見て目を輝かせた。彼女も幼い頃は人形遊びとかしたのだろうか。なんとなくドワーフだと「鎚と板金がおもちゃでした」って言われるイメージがなくもないが。
「たまにはこういう小さいのを作って、細工の練習をするのもいいかと思ってな」
「なるほど……」
今度は顎に手を当てて考え出すリケ。半分冗談だったのだが。
「まぁ、話半分に聞いてくれればいいよ」
無言で頷くリケをおいて、夕食の準備に取り掛かるべく俺は鍛冶場を後にした。
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