作法は苦手
妖精さん達を見送ったあと、俺たちは改めて今後の話をする。
「前日に納品を済ませて、その時にカミロといつ行くか話すか」
「そうね」
ディアナが頷く。俺は続けて質問をした。
「先にディアナとアンネに確認しておきたいんだが、ここらの貴族の婚礼っていつくらいに行って、いつくらいに帰るのが良いんだ?」
俺もインストールである程度の知識は入っている。少なくともいきなり貴族から無礼打ちにされない程度の礼儀作法は知っているが、ウォッチドッグの想定に「貴族の婚礼に出る」という想定がなかったのか、その作法的なところはないのだ。
「あら、知らないの?」
いたずらっぽく笑ってアンネが言った。俺は口を尖らせる。
「北方でも身近でそういう話が出る前に出てきちまったもんでな。ある程度の作法は知ってるが、それは北方のものだし、ここらでやり方が違うとマズいだろ?」
「まぁ、それはそうね」
納得した顔でアンネが頷く。
「私のは帝国流だし、言っちゃなんだけど皇女が呼ばれる場合だけどいい?」
つまりは第七皇女とはいえ、帝室の人間を呼んで問題のない身分の結婚式である。相当に豪華であっただろうことは想像に難くないし、主賓格での招待だろうからどこまで参考になるかは怪しいが、まぁ事例として知っておくのも悪くはあるまい。
「もちろん。知っておけば偉い人を見て怪訝に思うこともないと思うし」
「なるほどね。でも、気をつけることなんてそんなに無いわよ。あまり早く行きすぎるのはダメ、かと言って遅すぎても皆を待たせちゃうからそれもダメね。いくら帝室の人間とはいっても、いくらでも待たせて良いわけはないもの」
「そりゃそうだ」
帝室の人間なのだから待たせりゃ良いじゃんと思っているのも、アンネの兄弟姉妹の中にはいるのだろうが、少なくともアンネはそうではないらしい。
そんなしょうもない……というと主催者や参列者に失礼かも知れないが、そんなことで皇帝に不快感をもたれてはな。
そういうことの積み重ねが最終的には革命騒ぎにつながったりするわけだし。
「だから、日が中天にかかるころから、沈むまでの間で行くのが一般的かな。あとは貴賓席に座ってニコニコして、挨拶に来る人たちの応対をしてるだけよ」
「それはそれで大変そうだ」
「まあね」
そのときのことを思い出したのか、アンネが鼻の頭にしわを寄せた。どうも偉い人は楽だと思いがちだが、偉い人は偉い人の苦労というものがあるわけだ。
「じゃあ、後から来て座ってニコニコしてる人に粗相をしなけりゃいいってことか」
「そうね。でも多分そこに座るのってメンツェル侯爵になるんじゃないかな。王家の人間が来ないとして、だけど」
「ああ……」
新郎新婦のどっちにも関係していて、しかも偉い。たしか大臣だっけか。半分は合議制のような王国で、王家でない人間としては位人臣を極めたと言っても過言ではないだろう。
その侯爵が主賓として来るのは、不思議なことでもなんでもない。呼ぶがわとしても呼ばれる側としても、つながりをアピールするのに格好の場でもあるしな。
「王国はどうなんだ?」
「エイゾウは前に兄さんの継承のお祝いに来たでしょ? あれみたいなものよ。普通は昼過ぎに行くわね」
「あれかぁ」
ものすごくざっくばらんな集まりだったような記憶がある。意味としてはあれも今回の婚礼も同じく状態を周囲に宣言する、ということには変わりないから似たようなものになるのは当たり前か。
「皆で集まって食事をして、ちょっと舞踏の時間もあって、その合間に新郎新婦にご挨拶するくらい」
「じゃあ、本当に前と変わらないな」
「でしょ。伯爵家だからある程度豪華にはせざるを得ないけど、エイムールが武名の家というのは皆知ってるからね。そんなに気を張る必要は無いと思う」
「固まってりゃ大丈夫か」
「だと思うわ。私とアンネもいるし、平気でしょ」
ディアナがチラリと目をやったのは、貴族ではない4人だ。ヘレンは多少そういう場に出た経験があるかも知れないが、他の3人は全く経験が無いだろう。
主催と主賓ともに事情は知っているはずだし、多少の粗相は見逃されると思う。
「別にここで待ってても良いけど」
そう言ったのはサーミャである。まぁ、不安なのはわかる。
「家族が誘われてるし、それはナシだな」
俺がそう返すと、サーミャは更に言いつのろうとしたが、俺は手振りでそれを遮った。
「粗相があったら俺に迷惑がかかるかも、と思ってくれてるのかも知れないけど、それで怒ってどうにかするようなやつじゃない。そんなにない機会だと思って楽しもうじゃないか」
「なんせ兄さんもちだしね」
ディアナがそう混ぜっ返す。でも、それには俺も同意だ。俺たちの言葉に、サーミャとリケ、そしてリディにヘレンが顔を見合わせ、頷いた。
「それじゃあ、俺たちは昼過ぎに向こうに着くようにするか。カミロにもそう話すってことで」
家族全員か了解の声が返ってくる。さてさて、どうなるかな。
俺は楽しみの中にほんのわずかな不安を感じながら、皆に今日の作業開始を告げるのだった。
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