欲しい物
「そうか」
俺はやっとのことでそれだけを絞り出すのが精一杯だった。
「そうか……」
ぐっと何かが出てこないように押し止める。
「わかった。是非伺わせてもらうよ。みんなもいいかな」
俺がなんとか微笑みを作って家族のみんなに言うと、家族の皆は戸惑いながらも頷いてくれた。
「それじゃ、これは預かっておくよ」
招待状を懐に収める。それはほのかに温かみがあるような気がした。
「ああ、それと欲しい物があるんだった」
俺は思い出したかのように言った。いや、実際さっきので半分忘れそうになっていたのだが。
「なんだ? 手に入りにくいものか?」
「いや、お前んとこならすぐに入手できると思う。顔料とそれに使う油、それとなるべく色がついてないニスが欲しい」
「顔料と油と色がついてないニス? ああ」
カミロは俺が差し出したままの守り刀を見て頷いた。何に使うのかは察してくれたらしい。
「顔料は何色のが欲しいんだ?」
「色は問わないよ。とりあえず何がいるかも分からんが、必要になった時にないと困るからある程度揃えておきたい。そっちの商売に影響しないくらいの量をもらえればいいよ」
「待ってろ、確かどれも在庫があったはずだ」
カミロが番頭さんのほうを見ると、彼は頷いて出ていった。
「あと、これはもし手に入ればだが、漆だな」
「ウルシ?」
「北方のニスだよ。黒と朱があるが、手に入るならどっちでもいい」
“北方のニス”というのは細かく言えば違うんだろうが、説明としては大きく間違ってはなかろう。
「北方のか。ショウユやミソでツテはあるから、聞いてみるよ」
「すまんな。刀の鞘を塗ったりするのに漆を使いたくて」
「北方のものなら北方のもので、か。分かった」
カミロは大きく頷いた。これでそう遠くないうちに漆が入手できればいいのだが。
「欲しいものはそれで終わりか?」
「とりあえずは。また出てきたら言うよ」
「俺としてはもっと言ってくれていいんだがな」
「儲かるし?」
「そうだな」
そう言ってカミロと俺は笑う。そうしていると、番頭さんが戻ってきた。頷いているので、あったのだろう。
「まとめて積み込んでおきましたが、よろしいですか?」
「ええ、ありがとうございます」
「それではこちらを」
「確かに」
いつもの通り、革袋を渡してくる。今回はいつもよりも少し軽い……ように感じる。互いに商売なのだ、俺の買うぶんはキッチリ領収していただきたいので、これでいい。
「それじゃ、次に会うのはエイムール邸でかな?」
「そうだな」
そう言えば、エイムール家への納品は終わったのだろうか。のんびりしているところを見るとほぼ終わったのだろうが。
式はもう目前に迫ってきているのだし、不慮の事態以外でバタバタしてるはずもないか。
「ああ、そうそう、この2人のことは……」
「わかってるよ、みなまで言うな」
そう言ってカミロは口に指を当てた。勝手に連れてきて勝手に披露したのだ、言いふらすと言い出しても俺は文句を言えない。そうは言わないだろうと思っての事でもあるが、カミロは秘密にしてくれるつもりらしい。
まぁ、「俺の店に妖精が来たんだ」と言って、信用してもらえるのかは相当に怪しいが。
「それじゃ、お2人」
『わかりました』
そう言って、2人はスッと姿を消す。分かってはいても理解が追いつかないらしい。カミロと番頭さんは目を白黒させる。
「見事なもんだなぁ。どこにいるか全く分からん」
「フフッ」
感心するカミロの言葉に、ディーピカさんが少し笑う。
「じゃあ、また」
「ああ」
カミロと握手を交わしてから、俺は部屋を出る。出際にリージャさんが、
「ありがとう、商人さん」
とカミロに声をかけて、カミロが今日何度目になるか分からないびっくりした顔になったのを、どうマリウスに伝えようか、そう思いながら。
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