草原にて
カミロの店の裏庭に戻ると、丁稚さんとうちの娘2人は追いかけっこをしていた。微笑ましいので少しの間見守る。
「あっ、すみません!」
それに気がついた丁稚さんが、慌てて駆け寄ってくる。クルルはアンネに、ルーシーはディアナに駆け寄って撫でてもらっている。
「いや、良いんだよ。遊んでくれて助かる。いつもありがとう」
むしろ、うちの娘たちが怪我をさせてしまっていないかが心配なくらいだし。うちにはいない年齢の人間と触れ合う時間も大事……だと思う。
見た目はお人形さんのようではあるが、妖精さんたちも子供というわけではなさそうだからなぁ。
俺はガシガシと丁稚さんの頭を撫でて、いつもの通りお駄賃を渡した。俺の手の位置が、以前よりも少し高くなっているように思うのは気のせいだろうか。
撫でた手を見つめながら、俺は倉庫の方へと向かった。
「出しますよ―」
クルルを繋いで乗り込むと、リケが荷台に向かって声をかけた。とは言っても、すっかり慣れている俺たちにではない。見えない妖精さんたちにだ。
ゆっくりと荷車が動き出すと、ちいさな「うわわー」という声が聞こえてきた。焦った感じではないので、落ちたのではなく動き出す荷車に再び感動しただけだろう。
目を向けると、妖精さんたちがいるあたりにはルーシーがスックと立っている。もしかすると、何かありそうなら守ってあげるつもりなのかも知れない。うちに来た順だとルーシーはお姉さんだもんな。
妖精さんたちは別に家族ではなくお客さんではあるが、このところ食事時にはルーシーと顔を合わせているし、家の方で寝泊まりしているのもあるだろう。
いずれお客さんようの離れでも用意したほうがいいのだろうか。そうなると部屋どころでない手間がかかるが。
荷車から外を眺める3人を見ながら、俺はそんなふうに今後についてあてもなく考えた。
衛兵さんに挨拶をしながら街を出る。広がる草原に雲が流れる風景をみて、「ふわー」と今度は大きめの声が聞こえてきた。
やはり俺たちにとっては見慣れた風景。それでも、妖精さんたちにはまだまだ新鮮にうつるのだろう。
「もう少し進んだら、姿を見せてもいいですからね」
『はい!』
荷車に元気良い返事が響く。それ聞いた俺たち家族の微笑みも荷車に満ちていった。
「このあたりには森にいるのと違う鳥がいるんですねぇ」
姿を見せたディーピカさんが、上空を旋回する猛禽の姿を見ていった。悠々と空を舞う猛禽は首をせわしなく動かしているようだ。獲物を探しているのだろう。
“黒の森”にいる猛禽というと、フクロウのようなのがいるらしい。
「見たことないなぁ」
「昼の間はジッと木の幹に張り付くようにしてて、アタシでもほとんど見つけられないからな」
「そりゃ凄い」
「夜になると動くけど、夜は外に出ないし」
虎の獣人で獲物の気配には敏感なサーミャでも簡単には見つけられないとなると、相当だろう。そもそも“黒の森”の生き物は、木葉鳥や樹鹿、緑のリスのように何らかのカモフラージュをしている種が大半だ。猪ですら一見すると茂みに見えるようになっている。
その中でも特に擬態が上手いとなると、これはもうそれを探すつもりでいないと無理だろう。
「あの鳥はああやって上からウサギや小鳥を探して、見つけたらサッと地面に降りて捕まえるんですよ。うちで飼ってました」
アンネが身振りで説明をする。皇帝陛下のお家ともなれば、猛禽で狩りをするのか。うちのように生活のためではなく、趣味としてのものだろうが。
妖精さんたちが「おぉー」と感嘆の声をあげると、タイミングよく猛禽は急速に高度を落としながら草原へと突っ込んでいく。
「あんな速さで大丈夫なんですか……?」
どこか心配そうにリージャさんが言った。俺から見ても相当な速度が出ている。
「ええ。まぁ、成功するかは別ですけど」
アンネが頷いた。荷車の皆は猛禽を固唾を呑んで見守る。少し伸びた草に姿が見えなくなったと思った次の瞬間、猛禽は大きく羽ばたいた。ガッチリした脚にはネズミだろうかウサギだろうか、獲物が捉えられているのが見える。
「すごい!」
そんなディーピカさんの声をのせて、竜車は家へと向かっていった。
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