お誘い
「まぁ、そんなわけだ。だから妖精の祝福というのは保証するよ」
口と目を見開いて動けないでいるカミロと番頭さんに俺は言った。2人はしばらくそのままだったが、やがて番頭さんが咳払いをすると、カミロも咳払いをする。
「ゴホン、失礼。つくづく常識外れなやつだと思っていたが、これほど常識外れとはな」
「何を今更、と言ったほうが良いか?」
「いや……そうだな。帝国の皇女がいる時点で非常識にもほどがあった」
カミロはそう言って取り落とした指輪を、さっきよりも慎重に持ち上げる。
「メギスチウムにシンプルだが模様の細工、それに妖精の祝福……」
指輪は光を反射して輝く。それがまぶしかったのだろうか、カミロは目を細めた。
「値段がつけられないな、こいつは。わざわざ言わなくても、エイムール家が未来永劫家宝として保護する話になってもおかしくない」
「そんなにか」
「当たり前だろ」
心底呆れたようにカミロが言った。そんじょそこらの品ではなくなったとは思っていたが、そこまでとは。
「これの報酬については、すまんがまた後日でいいか? ちょっと伯爵閣下にも増やすお伺いをたてなきゃならん」
「いや……」
俺は「報酬は元のままでいい」と言おうとして、口をつぐんだ。殺気にも似た何かを隣に座っているディアナから感じ取ったからだ。妖精さん2人もそちらとは逆側にそろりと移動した。
「た、頼んだ」
俺は冷や汗をかきながら、そう返すのが精一杯だった。
「しかし、妖精ねぇ……。また何か厄介事か」
カミロがチラリと妖精さん達を見やると、2人は少しだけ体をすくませた。それでもさっきみたいに隠れないところを見ると、多少は慣れたらしい。
「長くなるから掻い摘まんで話すが、別にそう厄介でもないよ。ちょっとした事情で知り合っただけだ。きっかけはその指輪だが」
そう言って俺はカミロの手にある指輪を指さす。カミロは再び指輪に目をやった。
「こいつがねぇ……。とんでもない事態に巻き込まれてるとかではないんだな?」
「そこは保証するよ」
俺は頷く。カミロは小さくため息をついた。
「それで? わざわざ2人を見せたってことは何かあるんだろ?」
「すぐに何かして欲しいってことは無いが、彼女たちに何かあった場合に調達して貰うものが出るかも知れないからな。そのときに話が早いだろ?」
「確かに実物を見てしまったからには、本当か嘘かを疑う余地はないからな……」
カミロは指輪を置いて腕を組んだ。そこだけ分かってくれたら今はいい。実際に彼女たちにして欲しいことはないのだし。
「そういうことだ。ああ、それと結婚する2人にこれを渡しておいてくれ。こっちがマリウスので、こっちがジュリーさんのだ」
夫婦剣をカミロに差し出す。しかし、カミロは首を横に振った。
「悪いが、こいつは受け取れないな」
「え?」
俺がキョトンとしていると、カミロはニヤリと笑った。彼は懐から手紙を取り出すと、それを差し出した。
「とりあえず一本取り返せたか。まぁこれを見ろ」
言われて俺は手紙を見る。封蝋にはエイムール家の紋章、つまりはマリウスからの手紙だ。
懐のナイフで封蝋を切って、中身を取り出すと綺麗な字で次のようなことが書かれていた。
『自分の結婚式に、エイゾウとその家族全員を招待したい。装束はこちらで用意する』
時候の挨拶やらを除けば、つまりはそういうことだった。驚きと困惑が俺の頭を満たす。
「お誘いは嬉しいが、大丈夫なのか?」
俺は困惑を隠さないまま、カミロに尋ねた。彼に尋ねても意味が無いかも知れないが。
エイムール家騒動の時は侯爵の手前、北方の貴族と言うことにしたが、その後に俺の本来の身分はバレていると思って良いだろう。
本質的には貴族たち上流社会へのアピールの場である結婚式に、俺みたいな身分が参加してもいいのだろうか。
うちで身分が高いと言えばディアナとアンネだが、ディアナは妹だから参加するしないとかではないとして、アンネは帝国皇女である。余計な勘ぐりを受けたくはあるまい。
「大丈夫だろ。それなりの格好はつけるさ。それに……」
カミロはそこでいったん言葉をくぎった。彼は再びニヤリと笑って言った。
「友達を結婚式に呼ぶのに、理由もなにもあるもんかい」
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