深夜の来訪者
家に戻る頃には、すっかり日が落ちてしまっていた。ちょっとのんびりしすぎたかも知れない。
幸いにしてうちには魔法の灯りがいくつかあるので、それらを総動員してクルルから荷物を下ろしたり、ルーシーの体を綺麗にしてやったりする。
下ろした荷物のうち、根っこごと持ってきた数株は、一度畑の脇に浅く移植して水を与えておいた。
そのままでも水をかけておけば一晩くらいは大丈夫だとは思うのだが、念のためだ。
薬草なんかもとりあえず倉庫に放り込んでおいて、分類は明日だな。
薄暗い中、バタバタと色々な作業をこなしていく。俺だけ早めに作業を切り上げて夕食の準備をはじめることにした。
家に入るときにちらっと振り返ると、みんながバタバタしているのが楽しいのか、あるいは手伝っているつもりなのか、クルルとルーシーもみんなの周りとバタバタと走り回っていた。
いかに鍛えられている面々であるとは言っても、ほぼ1日中森を歩いていたので、夕食を終えるとみんな早々に床についた。俺もベッドに入るなり、意識が闇に溶けていく。
そうして夢も見ずにどれくらいの時間が経ったのだろうか、時計がないから正確な時間は不明だがおそらくは夜明けまではまだかなり時間がある頃、俺は気配で目を覚ます。
目だけ開けてぼんやりとしていると、うっすらと、しかしハッキリと音が聞こえた。最初は寝ぼけてなにかの音を聞き違えたかと思ったが、どうやら違うようだ。
俺は慌てて飛び起きると、明かりを手に家の玄関へ向かう。玄関に近づくにつれ、さっきから聞こえているドアをノックする音は大きくなっていく。
「今開けます!」
俺は返事をし、扉の閂を外して開けた。そこには小さな女性――“黒の森”の妖精族の長、ジゼルさんがいた。
「ジゼルさん。どうしました? まさか……」
俺の言葉に、ジゼルさんは小さく頷いた。後ろに向かって手で合図をすると、ぐったりとした妖精を他の妖精が抱きかかえてやってくる。
「とりあえず鍛冶場に移しましょう。さ、こちらへ」
俺はぐったりした妖精を片手に引き取ると、家の中を小走りで鍛冶場へと移動する。鍛冶場への扉を開けると、中はしんと静まり返っていた。普段は絶対に見ることのない光景。道具たちも眠っているかのようである。
「すまんが、緊急の深夜作業だ」
俺は小さく独り言を言うと、明かりを置いてからまだ綺麗な布をテーブルに敷いて、その上にそっと妖精を横たえた。ぐったりとしてはいるが息が荒かったりということはない。逆に弱々しいくらいだ。それがスーッとこのまま消えていってしまいそうな危うさすら感じる。
前に聞いた話だと実際にそれが起こり得てしまうのだろうが。そうさせてたまるか。
念の為にフルに魔力をこめた板金を取っておいて良かった。それらを組み合わせて箱のような形状を組み上げる。指輪のときと違って、中には何も入れない。
加熱が必要ないのが幸いした。必要であれば火床に火を入れて温度が上がるのを待って……とか悠長なことをしないといけなかっただろう。
組み上げた鋼の箱の蓋に鎚を素早く振り下ろす。何回も何回も。チートを使って魔力をガンガンにこめていく。
蓋を開けられないので分からないが、今この箱の中では魔力が凝縮していっているはずだ。
普通の加工のときと違って形状を意識する必要はない。とにかく素早く、たくさん魔力をこめることに集中する。
それから少しして、鎚で叩くたびにガキン、と音がしていた箱の音がカキンというような音に少し変わった。俺は一旦鎚を脇に置くと、ジゼルさんを呼び寄せる。
集中していたので気が付かなかったが、家族も全員起きてきていた。手伝って貰うこともないから、特に起こしにはいかなかったのだが、流石にこれだけの音をさせていたら起きるか。半鐘を高速の全力で叩いてたのと変わらんし。
「あー、ディアナとリディはうちの娘さんたちが起きてたら相手してやってくれ」
彼女たちはおりこうさんなので、今のところ騒いではいないが起きてはいるだろう。2人は頷くと、鍛冶場の方の入り口から飛び出していった。
「よし、それじゃ開けますよ」
今度はジゼルさんのほうに向かって言った。ジゼルさんが頷いたことを確認したので、そっと蓋を開ける。薄暗い鍛冶場に青い光が漏れ出してきた。
昼間の明るさでも十分に見えるくらいの光なのだ、暗い中ではまばゆいくらいに見える。中を確認すると、ぶどうの粒くらいの大きさで青く光を放つ魔宝石が転がっている。
「よし、それじゃこれを」
「分かりました」
ジゼルさんはそれを抱えると、テーブルに寝かせてある妖精の元へと文字通りに飛んでいく。もう1人の妖精と2人で、寝ている妖精の腹の上辺りで魔宝石を固定する。
しばらく俺たちがジッと見守っていると、やがて寝ている妖精の弱々しかった息が穏やかなものへと変わっていった。これで大丈夫なのかなと思った刹那、サラリと溶けるように魔宝石は崩れ去る。
「……どうでした?」
俺は追加の魔宝石がいるならすぐにでも作れる体勢になりながら、ジゼルさんに聞いた。ジゼルさんは脈をとったり、呼吸を聞いたり、額に手を当てたりして状態を確認している。
しばらくして、ジゼルさんはぺたりと座り込んだ。なにかマズいことでも起きたのだろうか。俺はいよいよ鎚を構えたが、ジゼルさんから返ってきた答えは違っていた。
「これで大丈夫です」
安堵と歓喜のまじった声が鍛冶場を満たす。俺も鎚を持った手をだらりと垂らし、「良かった……」と小さな声でひとりごちた。
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次回、9/21(月)は更新をお休みします。その代わり、9/22(火)に連載2周年記念特別編を投稿しますので、どうぞお楽しみに。
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