花
「花かぁ」
「ダメでしょうか」
畑で育てたりするためのものを好きに採集していい、という話になってから、しばらくの間あれやこれやを採集した後、リディ、アンネ、そしてヘレンから「花はどうか」と提案があった。
美味いだとか栄養があるだとか、あるいは病や傷に効く、といった直接のメリットがあるわけではないが、心の潤いみたいなものはあっても良かろう。オッさん1人で住んでる家でもないし。
「いや、良いんじゃないか。鍛冶場は流石に暑すぎて活けるにしてもかわいそうだけど、家の方がいつまでも殺風景なのもなんだし」
摘んで活けることの是非は一旦脇に置いて俺はそう返事した。リディは嬉しそうに弾んだ声で言う。
「じゃあ、丈夫なのを選びますね」
「うん。流石に俺じゃよく分からないから、頼んだ」
インストールでも「こんな感じの花がある」ことはわかるのだが、薬草などでない限り、それの細かい植生だのといったことはわからない。図鑑の絵だけを知っているような感じだ。
あれはどうだ、これはどうだと見かける花について女性陣(つまりは俺以外だが)を見ながら、俺はぽつりと疑問を口にした。
「そう言えば、西方の植物ってこっちに入ってこないのかな」
この世界では西方のほうが暖かい。砂漠もそちらのほうに多くある……とインストールが教えてくれていた。
前の世界に近いのなら原種に近いものではあるだろうが、バナナなんかの果物も多くあるのではと思ったのだ。
もしそう言うものが入手できる状態になり、かつ鍛冶場の熱で湯を沸かすシステムが出来たら、温室のようなものを作れば栽培もできるかも知れないと言う期待もある。
まぁ、もしできたとしても、夜間には気温が下がってしまうし、日照の問題をどうするかという問題が残るが。
高価な透明ガラスを全面におごる、「水晶宮」なようなものを作れば解決はするのだろうが……。しばらくは入手できても食べたり鑑賞したりするだけだろうな。
それでも、入手の可否は今後の我が家の行く末にも関連するのだ。多分。
「王国ではあんまり聞いたことないわね」
「帝国でも同じね。入ってこないことはないんでしょうけど」
「そうかぁ」
俺の疑問に答えてくれたのはディアナとアンネだった。王国伯爵家令嬢と帝国第7皇女の言とあらば確かなのだろう。
カミロに頼んでも北方の醤油や味噌とどっこいの入手難度に違いない。それならば北方のものを優先してもらうべきだろうな……。
やがて太陽がその日最後の仕事として、世界を橙色に染めようとする頃、クルルの背には薬草の株や染料になる草の根、花や果実といった森の恵みが満載されていた。
「重くないか?」
「クルルルルルル」
俺がクルルの首筋をさすりながら聞いてみると、大丈夫だと言わんばかりに足を踏み鳴らして鳴いた。
俺は苦笑してポンポンと首筋を軽く叩く。
「にしても、きれいな花だなぁ」
「薔薇ですね」
クルルの籠に根っこごと突っ込まれている花は薔薇だった。薔薇とはいっても普通に想像するような八重に咲くあれではなく、もっと原種に近い一重の可憐な花だ。
花として鑑賞するのも勿論、果実も利用できるらしい。なんでも甘酸っぱいのだとか。
別に観賞するだけの花でも良かったと思うのだが、リディ達曰くはせっかくなので花以外にも利用が出来て、畑でも育てられる丈夫なものをということらしい。
せっかくの好意を無駄にするほど野暮でもないので、俺は素直に納得しておいた。
さて、帰るとしますかね。畑の拡張についてはまた明日考えよう。
俺たち家族は、ワイワイとその日に採集したものの話をしながら、赤みを増す日差しの中を家路についた。
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