相当に賑やかな昼飯を終えて、俺たちは再び森の中を歩き始めた。川原は流水が近くにあったからか、ずいぶんと涼しかったので森の中の暑さをより感じる。


「まだ暑くなるのかな」

「そうだなぁ。もうちょい暑くなるな」


 俺が漏らした言葉に、サーミャが返事をした。


「そうかぁ……」


 普段の昼間は猛暑の鍛冶場に籠もっていても、暑いのがあまり得意でない俺はげんなりとする。このあたりは雨が少ないのもあってか、さほど湿度が高くなさそうなのだけが救いだ。

 とはいえ森には違いないので、ある程度は土地自体の保水力がある。全く乾燥したような気候とはいくまい。

 文明の利器に頼れる前の世界でならともかく、そういったものがまだないこちらで暑さに加えてジメジメにまで対応しろって言われたら大変に辛いものがある。


「まぁ、一番暑いのは1週間かそこらで、その後はまた涼しくなってくるよ」

「じゃあ、1週間我慢すればいいのか」

「そうなるな」

「そう思ったら耐える気にはなるな」


 2週間も3週間もやたら暑いのが続かれると気も萎えるが、1週間くらいならまだなんとか、ってところだ。


「北方は違うのか?」

「うーん、こことは違うな。ジメッとして暑いのが続く感じだから」

「へぇ」


 実際には、ここの北方と前の世界の日本でも微妙に違っているんだろうが……。その意味では、40年間経験してこなかった暑さをはじめて経験することになる。怖いような、楽しみなような。


 森の中をウロウロしながら、化膿止めや熱冷ましの薬草なども採集していく。乾燥させても十分に効果があるものは貯蔵しておいても困ることはあるまい。

 畑にも植えているとは聞いたが、使えるようになるまでにはまだもう少しの時間が必要だし。


 そうして森の中をうろついていると、リディがバッと茂みに駆け寄った。

 俺たちは慌ててその後をついていく。


「ありました!」


 俺たちが追いつくと、リディが1つの草を指さしていた。見た目にはヨモギに近い形状をしている。


「これを使うときれいに緑になるんですよ」

「へぇ」


 そのヨモギに似た草にヘレンが手を出そうとすると、リディが制止した。


「うかつに葉に触って汁がつくと、しばらく色が落ちないですよ」


 その言葉でヘレンは慌てて手を引っ込める。


「ナイフでそっと刈り取って、この革袋に入れてください」

「お、おう」


 キラリと光が煌めいたかと思うと、スッとヨモギに似た草は根元のあたりから刈り取られていた。

 刃物の扱いに一番慣れているヘレンだからできる技、と言っていいだろう。

 ヘレンは刈り取った草を爆発物かのようにそっとつまみあげると、リディが口を広げている革袋の中にそっと落とした。


「はい。ありがとうございます」


 リディはその革袋の口を紐で縛ると、クルルの籠の脇にくくりつける。何かで圧迫されて汁がでるとよくないのだろう。


「これで必要なものは揃いましたね」

「え、たったあれだけでいいのか?」


 俺は驚きを隠さずに言った。今見たのはせいぜい1株あるかないかくらいで、前の世界で言えばほうれん草の1把くらいだろうか。

 こんな程度で十分な染料が取れるとは俺には思えなかった。だが、俺の疑問に返ってきたのはリディの力強い頷きである。


「ええ。布などには薄めて使うほどですので」

「そんなに濃いのかぁ……」


 前の世界では緑色に着色するというのは意外に難しい話で、木材などに染みこんで定着するような植物性のものはほぼないと言っていい。

 めちゃくちゃ濃いなら木材に染みこむことも期待していい……のだろう、多分。

 もしかすると、この森に棲む体が緑のリスはこの草を食べて体毛を緑にしているのかもしれないな。


「よーし、これで目的は達したな」


 俺が言うと、家族みんなが頷いた。それを確認して、俺は宣言する。


「このまま帰るのもなんだし、日が暮れるまで適当に好きなものを採って回るか」


 その言葉に、クルルやルーシーが走り回って喜んだ。

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