依頼人
ヘレンと別れ、クルルの牽く竜車は一路街へ向かう。
今日も街道は平和そのものだ。それなりに野盗が出るらしいんだが、幸いにして出くわしたことはない。
「そう言えば、帝国の治安ってどうなんだ?」
ふと気になったので、アンネに話を向けてみる。潜入したときの感じでは特に悪いといった感じでもなかったが。
「今はともかく」
一瞬キョトンとした顔をしたアンネだったが、すぐにそう前置きをした。あの騒ぎがあって少ししか経っていないから、多少の乱れがあるのは当たり前か。
「わたしが聞いてる限りじゃ、普段は王国と変わんないわよ。衛兵隊長たちが嘘ついてたら分かんないけど、お父様の前でそんなつまらない嘘はつかないでしょうし。都の様子も前に見た限りでは似たりよったりだったしね」
「俺が行ったときも街道で襲われたりとかはしなかったしなぁ」
「でしょ?」
少し誇らしげになるアンネ。良く言われて悪い気がしないのは当たり前か。
「でも、どうして?」
「ヘレンとクルルの様子にもよるが、そのうち帝国や共和国に短期間だけでも物見遊山に出られればいいなと思ってね」
アンネの疑問に俺はそう答える。ほとんどが街と森の往復で、たまに都に行くのが俺たちの主だった行動範囲である。
作業の都合やクルルの飯の問題であんまり遠出は出来ないし、そもそも森も隅々まで探索しきってないので、そっちを先にしていこうかなとは思っているが他国の文化というものにも、もう少し触れてみたいのも確かなのだ。
「共和国ねぇ……」
アンネが少し思案顔になる。今この竜車に乗っている中で外国のことを知っているのは、ディアナかアンネだろう。ディアナは伯爵家令嬢として、アンネは皇女として接遇の機会もあったはずである。
「なんか共和国には問題があるのか」
「いえ、あそこの貴族を私が好きでないってだけ」
「そうなのか」
「なーんか態度が鼻につくのよねぇ……」
皇女相手にそんな態度に出られるって、共和国の貴族の胆力は相当なもんだな。
「アンネがそう言うんだったら、まずは帝国からかな」
俺がそう言うと、再び驚いたような顔をしたアンネは微笑んで、
「そうね」
とだけ短く返してきた。
街に着くと、顔見知りの衛兵さんがいつもの通りに立っていて、俺たちは揃って挨拶をした。
ワイワイと人のあふれる街を行く。見た目には完全に平和そのものだ。この裏で犯罪も起きているのだろうが、少なくとも表立って影響が出るほどの治安状態ではない。
俺は心のなかで衛兵さんたちの仕事に敬意を払った。
そんな平和な街中を進んで、カミロの店に着く。いつもの通り竜車を倉庫に入れて、クルルとルーシーは裏手につれていく。
丁稚さんに2人の面倒をよろしく頼んだら、商談室へと向かった。
勝手知ったる店の内部ではあるが、なんだか少し慌ただしい。大型注文でも入ったのだろうか。これはちょっと来るタイミングを間違えたかな。
それでも俺たちに気を使ってくれているらしい、カミロと番頭さんはすぐにやってきた。
「すまんな、なんか忙しそうなときに来ちゃって」
「ん? ああ。大丈夫だよ、気にすんな」
カミロはニヤッと笑いながら髭をさすった。これはなんか隠してんな。
「用件はいつものか?」
「ああ。確認をお願いしたい。足りないのは……」
俺が欲しいものを言うと、番頭さんが頷いて出ていった。これで今日の用事は8割がた終わったことになる。
ここからはいつもの世間話だが、
「さっきから気になってたんだが、ヘレンはどうした?」
と、まずカミロが切り出した。いつも一緒だったのにいなかったら気になるわな。
「仲間たちに無事を知らせたいとかで、都に行ったよ」
「なるほど。そう言えば戻ってきてから、あの日までは安心できなかったしなぁ」
あの日とは帝国皇帝が内密にヘレンの追跡をしないと宣言した日のことである。
そして、アンネがいることに気がついて、カミロは慌てて付け足す。
「いえ、皇女殿下に思うところはないですが」
「大丈夫ですよ。お気になさらず」
にっこりと微笑むアンネ。その胸中を知るすべは無いが、ちょっと怖いものを感じるのは俺だけだろうか。
「まぁ、それはいいとして、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
冷や汗を流しながら、話を変えようとするカミロ。今回は乗っかってやるか。
「なんだ? また大量生産か?」
「いや、そっちの依頼は今のところないな」
「忙しそうにしてるから、またぞろそう言うのがあるのかと思ったよ。大抵のことなら聞くぞ」
「まぁ、アレとも関連はあるんだが、ちょっと待ってろ」
そう言ってカミロも部屋を出ていった。残された俺達は「一体なんだろうな」と家族でワイワイ話をする。
カミロはそんなに時間の経たないうちに戻ってきた。
「さて、今回はぜひお前に頼みたいと、依頼人たっての希望でな」
「そう言うときはいつもの条件で受けるが」
「まぁ、とりあえず話だけでも聞いてやってくれ。それで決めてくれたらいいから」
ここでわがままを言っても仕方ないか。俺は黙って頷いた。
「よし、じゃあ依頼人に入ってもらおう。いいぞ!」
カミロがそう言うと、金色の髪、青い目をした優男が部屋に入ってくる。
俺は目を見開いた。ディアナもだ。
そう、俺とディアナがよく知る人物。マリウス・エイムールが入ってきたのだった。
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