いってらっしゃい

「あれでただの鍛冶屋は無理がある」と言うディアナとアンネのお嬢様組のブーイングをかわし、俺は身を起こした。


「だ、大丈夫か?」


 ヘレンが心配そうに言ってくる。俺はおどけた感じに肩をすくめた。


「あれで大ごとになるような、ヤワな身体はしてないよ」


 実際、ウォッチドッグに貰った何かなのか、それともたまたま当たりどころが悪かっただけなのかは分からないが、顎がほんの少し痛むだけで、あとは大したことないのだ。

 多分脳が揺れるかなんかしたんだろう。前の世界なら念のために病院へ行って、CTなりMRIなり撮ってもらっていたかも知れんが、この世界だと己の感覚を頼るほかない。うっかり開頭手術とかされたらたまったものではないし。


「それならいいんだけど」


 多少納得していない様子でヘレンが言った。俺はその頭を撫でてやる。


「心配してくれてありがとうな」

「お、おう」


 ヘレンは顔を背けたが、照れ隠しだろう。俺は苦笑すると、皆の方を向く。


「皆も、心配かけてすまん。ありがとう」


 ペコリと頭を下げると、皆から「気にするな」という意味の言葉が返ってきた。


「それで、いつ出るんだ?」


 再びヘレンに向き直り、俺はヘレンに訊ねた。


「明日には出ようと思う」

「早いな! ……いや、こう言うのは早い方がいいか」

「うん。アタイもそう思って」


 さっきまでの不安そうな瞳とは違い、力のこもった瞳でヘレンは頷いた。

 逆にディアナが不安そうにしてヘレンに聞いた。


「大丈夫なの?」

「まぁ、エイゾウの武器と防具が揃ってるんだ、滅多なことはないさ」

「それはそうね」


 あっさりと納得するディアナ。


「おいおい、俺が作ったからって、別にドラゴンの一撃を防げたりするようなもんじゃないんだから、無茶はするなよ」

「分かってるよ」


 ヘレンは肩をすくめた。無事に戻ってきてくれたら何よりだ。


 この日の夕食は少しだけ豪華にしたが、送別会や壮行会はしない。傭兵稼業に戻るならするが、今回は単に出かけて帰ってくるだけだからな。

 本人も「遅くても1週間くらいで帰ってくる」と言っていたし。……侯爵のところの間者を借りようかな。侯爵なら事情が事情だし貸してくれるとは思うのだが。

 ここは本人を信じよう。滅多なことにはなるまい。


「友達はたくさんいるの?」

「んー。どういうのを友達というかによるけど、少なくはないかも」

「そう言えば、どういうお仕事してたのか、聞いてなかったですね」

「大体は哨戒だよ。たまにちょっとした魔物の討伐とか、探索みたいなのもあるけど」

「魔物の討伐は大きくなると軍が出てくるものねぇ」


 ディアナ、リケがいい機会だと質問を浴びせかけ、ヘレンが答えて、アンネが引き取っている。


「だなぁ。そこに呼ばれることもなくはないけど、まずないな」

「なんでだ?」

「国にもメンツってものがあるからね。万が一傭兵が大手柄立てちゃうと後々面倒なのよ」

「へぇ」


 次にヘレンの言葉に乗っかったのはサーミャだ。その疑問にはアンネが答えた。アンネはそっち方面のプロみたいなもんだからな。別に皇女の地位を奪われたわけではないし。


「面白かったこととかあるの?」

「おう、とびっきりのがある。結構前の話なんだがな……」


 こうして、俺たちはいつもの通りにワイワイと夕食の時間を過ごした。


 翌朝、街道までヘレンを見送りに行くついでに、カミロのところへ納品に行くことにしたので、荷物を荷車に積んでいく。


「数は結構出来てたんだなぁ」

「でしょう?」


 俺が感心して言うと、ディアナが胸を張る。思っていたよりも数が多い。それだけ皆の腕が上がったということだろう。

 俺も誇らしい気分になって、ディアナの頭をガシガシと撫でた。


 荷物を積み終わり、ルーシーがぴょんと荷台に飛び乗る。その後で俺たちが乗り込み、リケが手綱を操ると、クルルが嬉しそうに一声鳴いて、荷車は進み始めた。


 森の中は木漏れ日があちこちに降り注いでいる。天気はいいし、風も気持ちいい。絶好のお出かけ日和ではある。

 俺たちにとっていい日和であるということは、この森の動物たちにとっても同じである。遠くの方で鹿が低木の葉を食んでいたり、近くへうっかり飛び出してきたウサギがいて、お互いにビックリしたりした。


 普通の人たちから見れば驚くほどのんびりした時間は過ぎてゆき、やがて見慣れた街道にたどり着いた。


「それじゃ、気をつけてな」

「ああ。ありがとう」


 ヘレンが荷車からポンと飛び降りる。俺たちは街へ、彼女は都へ頭を向ける。それぞれ向かう前に、俺たちは大声でヘレンに声をかけた。


「いってらっしゃい!」


 振り返ったヘレンは、俺たちに負けず劣らずの大声と、満面の笑み、そして手を振って言った。


「いってきます!」

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