ただの鍛冶屋

 俺は横になっていた。頭になにか柔らかいものが当たっているような気がする。あれ、俺どうしたんだっけ……?

 ゆっくりと目を開けると、眼前には目を潤ませたヘレンの顔があった。

 ああ、そうか、ヘレンと鎧を試すのに模擬試合をして……。


「目を覚ました!」


 ヘレンが大声でそう言うと、みんながワッと集まってきた。


「大丈夫?」


 ディアナが心配そうに顔を覗き込んでくる。他の皆も同じような顔をして俺の顔を覗き込んだ。


「ああ。ちょっと顎が痛むが、他は特に異常ないようだ」


 俺の言葉に全員がほっとした顔をする。クルルとルーシーにはペロペロと顔を舐められたが。

 ここで俺は自分の状態に気がついた。目の前にはヘレンの顔、そして少し離れたところからみんなが覗き込んでいると言うことは……。


「わっ、す、すまん」


 ヘレンに膝枕をされていた俺は、慌てて体を起こそうとする。

 だが、その試みは虚しく、ヘレンとディアナの両方から抑えられた。物凄い力である。

 サーミャとアンネ、それにクルルが加わっていない状態でこの力なら、全員でかかったら巨鬼オーガも抑え込めるんじゃないのか。


「大丈夫かも知れないけど、まだもうちょっと横になってた方がいいわ」


 そうディアナに諭されて、俺は素直に従うことにした。ものすごく恥ずかしいのは変わらないが。


「いやぁ、完敗だなぁ」


 横になったまま俺は呟いた。ヘレンの攻撃をほとんど捌いたとは言え、こちらからは一切手出しが出来なかった。

 倒されるのが遅いか早いかだけの違いになっただろうことは想像に難くない。


「お前は本当に強いな」


 俺は微笑んでそっとヘレンの顔に手を伸ばした。その手をヘレンがギュッと掴む。ヘレンはそのまま俺に向かって当たり前だと言わんばかりに微笑んだ。


「“迅雷”相手にあれだけ持ち堪える人間がいるとは思ってなかったけどね」


 そう言ったのはアンネだ。こっちは完全に呆れ返った顔をしている。


「そんなに長くやってたか?」


 長かったような、短かったような不思議な記憶しかない。ヘレンを見ても首を傾げているから、似たようなものなのだろう。


「ゆうに小半時はしてましたよ」


 答えたのはリケだった。こっちは今更と言うことなのか、あまり呆れてはいないようだ。いや、それもどうなんだとは思うが。


「そんなにか」

「ええ」


 それだけやってても勢いが落ちなかったし、2回しか手出しさせなかったヘレンの剣の腕たるや、と言うことだろう。

 それはまた別の事実も指し示している。


「じゃあ、鎧はバッチリだったんだな」

「え? あ、ああ。もちろん。これ以上ないくらいに」

「そうか、良かった」


 ヘレンが30分間全力で動き続けられるのであれば、性能試験としては大成功と言うよりない。耐久性については今更試すまでもないだろう。あの頑丈な剣と同じ技術で作ったのだから。


「青い光が煌めいて、さながら本当の雷のようでした」


 目を閉じ、そう言ったのはリディだ。目撃したことの全てを思い出しているのだろうか。

 アンネが苦笑しながらリディの言葉を引き取る。


「まぁ、なんか速すぎてほとんど見えなかったけどね」

「アタシはギリギリ見えてたけど、追いかけるので精一杯だった」


 サーミャが口を尖らせた。獣人の彼女の動体視力でギリギリだったのか。我が身のことながら、ウォッチドッグが与えてくれた戦闘能力には驚きしかないな。

 やや過剰なきらいはある。この森では凶暴な熊なんかを相手にする可能性がある(いや、実際相手をしたわけだが)と言っても、大怪我くらいまでで良かったのではなかろうか。

 女性しかうちに来ないことと言い、何か意図があるのではないだろうかと勘繰ってしまう。


 まぁ、確かめようのないことを気に病んでも仕方ないな。俺は大きくため息をついて、頭の中に湧き出たモヤモヤをため息に乗せて全て吐き出した。


「これは聞いても仕方ないと思うんだけど、エイゾウに聞いていい?」


 おずおずとアンネが言ってくる。


「いいぞ。答えられることなら、だが」


 俺がそう言ったにも関わらず、アンネはまだ逡巡していた。そんなに聞きにくいことなのか?


「エイゾウは一体何者なの?」


 何者、か。その本当の答えを俺は持っていると言えるだろうか? そのままでいいのなら、転生者でチート持ちと言うことになるが、それだけだろうか。

 今はアンネの問いに対する答えは1つしか思い当らなかった。


「俺はただの鍛冶屋だよ」


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