”迅雷”と鍛冶屋

「俺が?」


 俺は思わず自分を指差しながら聞いた。ヘレンは大きく頷いている。

 真剣な表情を様子を見るに、冗談ではないんだろうが。


「俺はただの鍛冶屋だぞ」

「冗談キツいぜ」


 ヘレンが口を尖らせて言った言葉に、俺以外の家族全員が頷く。いやいや。

 このあたりの認識の乖離は正しておきたいが、多数決で敗北しそうなので今は言い出さない。勝てないと分かっている戦争はやらない主義なのだ。


「まぁ、どうしてもと……。いや、言うまでもなかったな」


 俺の目を見つめ続けるヘレンを見て、俺はため息をついた。


「仕方ないな」

「やった! そう来なくっちゃな!」


 バシン!と鍛冶場に響き渡るくらいの音で俺の背中を叩き、ヘレンは外に飛び出していく。


「あ、おい、木剣……」


 声をかける間もない。俺は再びため息をつくと、木剣を3本用意する。2本は勿論ヘレンのだが、1本はディアナのを借りた。


「馴染んでるんだから、壊さないでね」

「あの様子じゃ保証はできんな。なに、壊れたら作り直してやるよ」

「ん。ならよし」


 ディアナはポンと肩を軽く叩いて、俺を送り出してくれた。気は乗らんが、やる以上はしっかりやらんとな。


 外へ出ると、ヘレンがぐるぐると肩を回している。あれだけ肩が動かせるなら一通りの動きは平気そうだな。

 クルルとルーシーも小屋から出てきていて、俺の後からも結局みんな外に出てきたから、家族全員が家の前の広場にいることになる。

 他のみんなは離れているが、一番ちびっこのルーシーは「今から何するの?」とキラキラした目で俺を見上げて尻尾をパタパタ振っている。


「危ないから離れててな」


 俺がルーシーにそう言うと、いつもディアナたちの稽古を見ているからだろう、なんとなく察したらしい。「わん!!」と一声鳴いて、ちょっと離れたところにいるディアナのところへ走っていった。


 俺は思わず顔を緩めてそれを見る。そこへ、


「よーし、じゃあ始めるか」


 俺から木剣を受け取って、準備運動も終えたヘレンが声をかけてきた。その目は獲物を前にした狼のように鋭い。


「お手柔らかにな」

「それこそ冗談だろ」


 軽口を叩き、お互いに木剣を軽く打ち合わせて、間合いを取る。一気に場の空気に緊張が走った。

 空気の粒子さえも止まってしまったような感覚に陥る。足先を1ミリでも動かせば、この均衡は崩れるだろう予感すらしてくる。

 2人共止まったまま、時間が過ぎていく。1分が1時間のようにも感じる。


 フワッと少し風が吹いたような気がした、と思った瞬間、ヘレンの身体がすぐそこまで来ていた。俺は慌てて木剣を回すように振る。

 ガツッと音がして、俺の木剣は視界の外から迫っていたヘレンの木剣を弾いた。ギリギリで間に合ったが、一瞬でも反応が遅れていれば今の一撃であっさり終わっていただろう。

 もちろん、それでヘレンの攻勢が止まるはずもない。初撃を失敗したと見るや、素早くもう片方の剣を繰り出してきた。俺は次々と繰り出されるヘレンの攻撃を必死に捌いていく。


 両手に剣を持っているからだとは思うが、ヘレンの体の動きは小さくはない。まるで踊っているように動いている。傍から見れば美しくすらあるだろう。

 今は木剣だから多少打ちどころが悪くても骨折までで済むだろう(もちろん、骨折が頚椎や頭部で起これば命にも関わってくる)とは思うが、これがあのショートソードだったら剣で捌こうにもそれごと切り刻まれてお仕舞い、と思うとゾッとする。


 俺はいろんな冷や汗をかきながら、機会をうかがって攻撃を繰り出す。多分そこらの兵士なら仕留めているだろう一撃だが、ヘレンは難なく弾き、攻撃をしたことで起きた隙を突いてくる。


「くっ」


 俺は必死に間合いを離して立て直しをはかるが、”迅雷”のスピードたるや。

 一瞬で空けたはずの間合いを詰められ、再びの防戦一方となった。ガツッガツッと木剣同士が激しくぶつかる音をさせながら、ヘレンの猛攻を凌いでいく。

 さっき出したような攻撃はもう出せない。そもそも繰り出せるような隙がない。しかし、このままではジリ貧だ。


 時間もだいぶ経っている……ように感じる。15分か30分か、慣れていない俺では把握しきれていない。

 そろそろ体力も限界になりつつあった。若返っているとは言え、ピークには到達している30歳である。20代のときのような無尽蔵さはない。少なくとも俺の場合は。


 どのみちこのままではヘバって倒れて終わりである。それよりはまだマシか。

 俺はままよ、と渾身の一撃をヘレンの攻撃の間隙を縫って繰り出した。


 もちろんと言っていいのだろうか、その一撃はヘレンを仕留められず、逆に顎に衝撃を感じた俺の意識は暗転した。

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