非公式和平会議開会

 その普通のデザインに反して高級な布地だなとは思った。大げさに前の世界の例で言えば、UNIQLOのTシャツが天然絹でできているような感じと言えばいいだろうか。分かる人は分かるが、そうでない人には見てもわからない違和感。

 それを着た男が皇帝であることを知って、俺は慌てて膝をつこうとしたが皇帝は手振りでそれを遮った。


「この場では楽にしてよい。お前は余の臣下ではないし、なによりこの服で偉ぶっても格好がつかんからな」


 そう言って呵々大笑する。俺は伸ばした背筋にツツーっと冷や汗が伝うのを感じた。前の世界のときから、おエラいさんは苦手だ。


「”黒の森”に住んでいる鍛冶屋だと言うから、どんなむくつけき男がやってくるのかと思ったが、目つきが悪いだけで心穏やかそうな男ではないか」


 ”目付きが悪い”は余計だが、一応褒めてくれてるんだよな?


「もったいないお言葉、恐れ入ります。しがない鍛冶屋のエイゾウにございます」

「うん。余が帝国皇帝アレクセイ・サフィン・アンドレエフ・ヴィースナーである」


 膝はつかないが、深々と頭は下げた。北方式のお辞儀である。特に怪訝にしているふうもないから、それなりに北方に知己がいるのだろう。家名を名乗らなくてよかった。

 彫りの深い顔の眼窩から、緑色の眼が俺を射抜く。下手なことを言うとバレそうだな。なるべく正直に話すか……。


「私がカミロでございます」

「うん。今回は世話になった。あの話は余に任せておけ」

「ありがとうございます」


 皇帝の王国入りにはカミロも関わっているのか。ああ、侯爵やマリウスが自分の手駒でも動かせば目立つもんな。代金は帝国内で商売をしやすくすること、かな。

 カミロはもうちょい王国の中枢に食い込みたいのかと思っていたが、そうでもないらしい。あるいは二重スパイのような役割を果たすつもりなのかも知れない。


「で、アンネマリー」


 皇帝は顔の向きをアンネに向けた。即座にアンネは首を横に振る。皇帝はそれを見て再び笑った。


「まぁ、そうであろうな。本人を見て分かったわ。こやつにはそう言った欲がない。余が用意したでは無理だ」

「申し開きのしようもございません」

「よい。これは余が甘かった。すまんな」


 手でアンネをねぎらう皇帝。親子の会話と言うよりは皇帝と臣下という感じである。普段からこうなのだろうか。そうだとしたら少し寂しい気もする。

 だが他国の上層部(それも最上層)のことだし、他人の家庭の話でもあるので特に口を差し挟むことはしない。


 着席を促されたので、席に座る。長い卓の片辺に王国の、それと向き合う側に帝国の人間が座る形だ。もちろん、アンネは帝国の方に座った。


「それでは、はじめましょう」


 マリウスの一言で場が一気に引き締まった。今ならこの部屋の絨毯に針を落としてもその音を捉えられそうな気がする。


「まずは、例の計画の話から」


 こうして、今回の件の後始末が始まった。

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