侯爵別邸にて
「よお、おはようさん」
「エイゾウさん、おはようございます」
「おう、おはよう、エイゾウ」
馬車に声をかけると、荷台からカミロが顔を出した。御者の番頭さんも挨拶をしてくれた。
カミロにも手伝ってもらって荷物を積み込む。槍が長くて多少嵩張るのと、アンネの両手剣が純粋にデカい以外には荷物の量は大したことはないので積み込み作業はすぐに終わった。
カミロが番頭さんに声をかけると馬車が動き出す。こいつも例のサスペンション付きなので、速度の割には揺れはひどくない。
アンネの方をチラッと見ると、彼女も気がついたようで意味深な目線を送り返してきた。慌てて目をそらしたが、まあバレてるだろうな。
この技術は当然ながら軍事にも利用可能なものだ。多少の道の悪さを気にせずに速度を維持できるなら、それは行軍速度にも影響があるはずで、その速さとはニアリーイコールではあるが強さだ。
うちのでの生活や会話から察するに、内政というよりは軍略の方に重きをおいているらしいアンネがそこに気が付かないはずもない。
今後何らかの交渉事で求めてくる可能性は高いだろう。それにカミロや侯爵、マリウスが思い至らないこともないので、ある程度は見込んでのことだろう。……俺が買いかぶっているのでなければ、だが。
街道上は何事もなく、俺たちも言葉少なだった。他国の重要人物が同席しているので、世間話程度でも王国内の事情を話すこともできない。
だがそれはアンネも同じで、帝国内の事情を(例の革命騒ぎがあったとは言え)おいそれと話すわけにはいかない。
なので自然と「いい天気ですねぇ」なんかの当たり障りのない話か、もしくは無言かになるのである。いっそ野盗でも現れてくれたほうが話題になっただろう。
馬車は速度を落さずに、比較的早く都にたどり着いた。人でごった返す都の門前で、番頭さんが門番に札を見せると優先して通された。羨むような、やっかむような視線が俺たちに刺さって、俺は思わず荷台で縮こまる。
「こんなにあからさまに優先してもらって良いのか?」
「あまり目立ちたくないのは確かだが、いつ入れるか分からんようでは困るからな。俺たちを待ってる中には帝国の要人もいるわけだし」
「ああ、そうか」
そうだった、これは帝国と王国とのゴタゴタを内密に、かつ穏便に済ませようという話なのだ。であれば王国の要人――今回は侯爵とマリウス――以外にも帝国側から要人は来ているだろう。
アンネも連れていくということは、アンネが信頼できるか少なくとも知っている人物のはずで、だとすると皇族の誰かだろう。そりゃ無為に待たせるわけにはいかんな。
他国の要人を待たせる空白の時間の分、今回の件に関する疑念は雪のように静かに、だがしっかりと積もっていくのだから。
門の中に入っても、外とそう大差なく人でごった返している。人種も性別も年齢も様々な人がワイワイと溢れかえり、それぞれの目的を果たさんとしている様を見て、アンネが呟いた。
「王国の都も人が多いですねぇ」
「帝国の都もですか?」
「ええ。まあ今は一時的に人が減ってますが、皇帝陛下がああなので人間族以外も安心して暮らせるみたいで、この数倍はいますよ」
以前に皇帝の妃も様々な種族がいると言っていた。つまり、その子たちもアンネを含めて種族が多彩というわけだ。どこまで狙ってやってるのかは知らないが、意図してのことならそこは評価できるかも知れない。
そんな人の波を大洋を船が進むがごとく馬車は進んでいった。
若干の懐かしさすら感じる、人の減った道を馬車はドンドンと進み、内壁を越えてやがて立派な屋敷にたどり着く。ここが侯爵の別邸である。そういえば、ここへ来るのはエイム―ル家の騒動以来か。
「着きましたよ」
番頭さんの声で全員が下車した。俺とアンネは荷物を下ろすことも忘れない。その作業を見計らっていたのだろう、終わった瞬間に見たことのある使用人の人が「ようこそお越しくださいました」と挨拶もそこそこに先導をはじめ、俺たちは慌ててついていく。
あまり馴染みのない絨毯の感触を足に感じながら、陽光の差し込む廊下を進んでいく。この後に待っているのが気楽な会合だけであれば、もう少しこの感触や景色を楽しめるのだろうが、今はそれが少し恐ろしげにさえ見える。
別邸とは言え広い邸宅を進んでいき、やがて1つの部屋に通される。中には大きなテーブルがあって、既に数人が着席していた。
そのうちの2人は知っている顔である。侯爵とマリウスだ。あまりいい顔色とは言えない感じで、1人の応対をしている。
その応対されている人物はと言うと、身なりで言えばそこらのおっさんのようにも見えるが、生地の質が段違いに良い。そのアンバランスさに思わず笑いそうになるが、グッと堪えてはて誰だろうかと思いながら、まずは自己紹介かと思った瞬間、答えが思ってもなかった方向から飛んできた。
「お父様!」
そう叫んだのはアンネである。つまり、この人物は帝国皇帝陛下、その人なのであった。
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