試合(?)開始
そうして昼飯を終えると、仕事をするには短いがダラダラするには時間が長い、みたいな中途半端な時間になってしまった。
防具作製の練習をするにも、今から火床に火を入れてとなると大したことはできまい。
「たまには身体を動かすか」
単に身体を動かすということだけであるならば、鍛冶仕事や家事仕事なんかでそれなりに動かしてはいる。しかし、俺は狩りには出ないし、このところ剣の稽古もヘレンに任せっぱなしで俺はしていない。
流石に太り始めたりはしていないが、健康のためには作業以外で運動したほうがいいのではないだろうかと思い立ったわけである。前の世界でも健康診断で「運動しろ」ってのはずっと言われてたしな……。デスクワーカーはそう言われがちだが。
「あれ、エイゾウもやるのか?」
俺が稽古用の木刀を手に外に出ると、気がついたヘレンが声をかけてきた。
「ああ、たまにはやらないと鈍りそうでな」
とりあえず俺はそう返すが、滅多なことでは腕前が落ちることはないと思う。ほぼ貰った能力で賄っているからな。
それでも、動かしているのとそうでないのとでは差があるだろうし、それを実感するのはいざというときなのだ。確認のためにも身体を動かしておいて損はあるまい。
「じゃあ、アタイとやろうぜ!」
「おお、いいぞ」
「やった!」
うちにきてから一番喜んでるんじゃないか、と思うほど喜ぶヘレン。もしかするとヘレンと稽古と言うか試合と言うか、まぁそういうことをするのは初めてうちに注文しに来たとき以来か?
俺は念入りに準備体操をする。あんまり前の世界の概念を持ち込みたくはないのだが、こればっかりは俺の身体に関わるからな。準備運動を怠って筋を痛めたら仕事に差し障るし。
「気合入ってるわね」
俺の準備運動を見たディアナがやや茶化すように言う。
「こうしておくと怪我しにくくなるんだよ」
「そうなの?」
「……と、うちの爺さんに習った」
「北方の風習って面白いわね。儀礼と実益があいまってる感じで」
「そうだな」
いい感じにディアナが解釈してくれたので、準備運動をしながら、それに乗っかることにした。
最後にグッグッと身体のあちこちを伸ばしたら、木刀を手にヘレンと向き合う。ヘレンも木剣(二刀流である)を手に俺に向き直る。
俺は頭を下げる礼、ヘレンは剣を胸元に引き寄せる形の礼を互いに交わす。
俺は木刀を正眼に構え、ヘレンは両方の剣を前に出して構える。
こうして対峙してみると、ヘレンのテンションが上がったことにつれて、その気迫もドンドン増していることがよく分かる。さながら大きな一頭の狼に対峙しているかのような気迫。そこらの雑兵やら、前に戦ったゴブリンくらいならこの気迫だけで戦意を喪失しているかも知れない。
ジリジリと2人で間合いを測る。俺のほうが武器のリーチは長いが、ヘレンはリーチを補ってあまりあるスピードを持っている。
次の瞬間、ヘレンの姿がかき消えた。
「速い!」
流石に迅雷の二つ名は伊達ではない。なんとかどこから攻撃が来るのかを察知できた俺は、そっちに向かって刀を振る。とりあえず防げればいい、という以上でも以下でもない。
ガツッと鈍い音が響き、衝撃が俺の手を襲った。グッと手の内を締めて木刀を取り落とさないようにするのが精一杯だ。反撃なんか考えようもない。
「流石に一撃じゃ無理か」
間合いを開けたヘレンがニヤッと笑って言った。
「今の見えました?」
「エイゾウが辛うじて凌ぐ瞬間だけは、ですね。そこまでは全然です」
「ですよね」
稽古を止めて観戦していたアンネとディアナの声が聞こえる。ヘレンはと言うと、更に気迫を増していた。いかんな、火がついたか。
俺は全神経をこの一戦に集中させるべく、軽く肩を回した。
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