四面楚歌?
俺は再び木刀を構える。動きの速さと手数では、俺はヘレンに及ぶべくもない。となると、対抗するには重さと鋭さしかないだろう。
ヘレンの速度がリーチを補ってあまりあるとは言っても、物理的なリーチは俺のほうが長い。ヘレンのほうが背が高い分腕も長いが、得物の長さがぜんぜん違うからな。
「フッ」
息を吐きながら鋭く突きを繰り出す。そこいらの野盗くらいなら、この一突きで行動不能に出来ただろう。稽古用の木刀とは言っても重い木の棒に変わりはないのだ。
だが残念なことに、ヘレンはそこいらの野盗ではない。あっさりと片手の木剣で打ち払われ、そのままもう片方で打ちかかってくる。
俺は突きを放った木刀を引き戻しながら、そのまま切りかかってきた木剣を打ち払う。脇腹が空くのは覚悟の上だ。
案の定、空いた脇腹にものすごい速さで木剣が襲いかかってくる。木剣でも当たればアバラの一本も覚悟しないといけないだろう一撃。
手を返してそちらもなんとか防いだ。一呼吸の間に行われる攻防。しかし、俺の攻撃1回につきヘレンは2回攻撃出来ている。このままだと分が悪いな。
物理的なリーチでは俺のほうが勝ってるから、もう少しなんとかなるかと思っていたが、そこは”迅雷”、ものともしない速度でデメリットを完全に打ち消している。
「今、本気で狙っただろ」
スキを伺いながら、俺はヘレンに話しかける。ちょっとでも気が緩むかと思ったが、ヘレンは微塵もスキを見せずに、
「先にヤバい突きを放ってきたのはエイゾウだろ」
とニヤッと笑った。火をつけたのは俺だったか。じゃあ、仕方ない。
「そろそろ続けてやるか」
「おっ、いいね!」
俺とヘレンは少し間合いを広げて、お互い同時に深呼吸を1つする。そして同時に深く息を吸い込み、次の瞬間全力でぶつかった。
「竜巻が2つ、互いにぶつかり合っているようだった」と、ディアナはその日の夕食で語った。
結局あの後30分ばかり打ち合いを続け、先に疲れた俺が木刀を下ろしたところで終わりになったのだ。
ディアナは普段からヘレンの剣を受けているだけあって、そこそこ俺とヘレンの動きを追えていたようだ。だが、
「すごい、ヤバかった」
「目で追うのが精一杯でした」
「辛うじて追えましたけど、何が起きてるのかは全然分からなかったですね」
「私はそもそもよく見えてません」
それぞれサーミャ、アンネ、リディ、リケの評である。語彙力はともかく、狩人のサーミャ、おそらくは武術の心得があるのだろうアンネはそれなりに見えていて、こことは違うが森で暮らしていて目が鍛えられているリディは辛うじて見えていたようだが、リケは全くである。少し悔しそうだが、ドワーフといえども鍛冶師だからな……。そこはこうもっと別のところを頑張ってくれればいいんだよ?
「うーん、私ももっと頑張らなきゃ」
肉を頬張りながら、ディアナが言った。あんまり強くなりすぎても、俺がマリウスに合わせる顔がなくなっていくだけなので程々にして欲しいものであるが、本人はものすごくやる気だし引き止めるのも気が咎める。
俺が困り顔で同じくガツガツと肉を食べていたヘレンのほうを見ると、ニンマリと笑った。こいつ徹底的に鍛えるつもりだ……。
「私も少しやってみようかなぁ……」
「ナイフの扱い方から覚えますか?」
「そうですね……いざと言うとき、親方の手を煩わせなくても済みますし」
ボソリとつぶやいたリケにリディが乗っかった。ああ見えてナイフ捌きはなかなか大したものなのである。確かに武力的な意味合いで強くなってくれれば、俺に万が一があってもなんとなるだろう。そんな意味でも非常に止めにくい。
こうして周囲の女性がどんどん強くなっていく重圧に、俺の胃は少しだけキリリと抗議の声を上げるのだった。
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