持ち帰る

 地面のぬかるみは殆どないが、さすがのクルルでも今回の獲物の運搬には少しだけ苦労しているようだ。いつもよりも歩みが遅い。

 無理なようなら俺たちで手伝ってやろうかと思ったが、ゆっくりながらもペースが落ちているようなことはないので、そのまま見守る。俺の負い目からくる幻想かも知れないが、なんだか少し嬉しそうにも見えるし。

 ルーシーはと言うと、そんなクルルの周りを駆け回りながら、お姉ちゃん頑張れとでも言うように「わんわん!」と吠えていて、俺たちをほっこりさせた。


 とは言え、俺たちはほっこりだけしてもいられない。帰り道はアンネの追っ手も勿論だが、肉を運んでいるのだ。こいつを狙う獣がいないとも限らない。熊や猪は勿論のこと、狼でも群れれば脅威になりえる。それらの兆候を見落とさないようにするのが俺たちの役割だ。

 適度に散って周囲を警戒する。俺たちは慣れているから、ほとんど言葉をかわさなくても良いが、アンネはよく分からないだろうから、俺のそばにつけておいた。俺たちの後方にはヘレンがいる。もし何かあれば”迅雷”の二つ名を思い知ることになるだろう。


 いつもより時間はかかったが、無事に戻ってくることができた。これから解体に取り掛かるわけだが、木に吊るすにも重さが半端ではない。そこそこ程度の太さの枝ならあっさり折れてしまうだろう。

 大きさ的にも吊るしてしまうと手が届かない箇所が出そうなので、寝かせた状態で解体することにした。解体はアンネにも手伝ってもらうことにする。彼女のナイフは一般モデルではあるが、切れ味は保証できる。サーミャが教えながら皮を剥いでいくと、最初はぎこちなかった手付きも少しずつ慣れてきた。猪は元がデカいから、多少脂が減ったところで問題はないしな。


 一仕事終えたクルルは美味そうに水を飲んだあと、のんびりとルーシーと一緒に俺たちの作業を見守っている。そんな中、解体を進めていき、昼を少し回ったくらいにようやっと猪は肉になった。


「こうなるとお肉ですね」


 初めての解体作業を終えたアンネは感心したように言った。バラやヒレといった目にしたことのある肉の姿になる。貴族なんかだとこの状態で見たことがある、というのも珍しい部類に入るのではなかろうか。


「命をもらう、と言うことはこの森では特に意識されてます。こういった作業が身近だからでしょうね。かと言って町や都で行われていないわけではなく、単に目にしないだけです」


 そんなアンネに俺はなんとなく諭すように話す。こういう説教くさいことはおっさんの意識が色濃く出てしまっているように思えて、少し気恥ずかしいようなそんな気分になるが、皇女殿下に教える機会なんてそうそう無いだろうからな。


「なるほど……」


 思うところがあるのか、アンネは考えこむように言った。別に帝国で概念を広げてほしいわけでもないが、誰かがそういう意識を持っているのは良いことにつながる、そんなような気がする。


 この後は猪肉を塩につけたり、干したりと保存作業を行う。無論、お楽しみの分は別にとってある。今日は確保できた肉が多いこともあるが、よく食べるのが1人増えているので、お楽しみも多くとっておいた。


「腹減ったー!」


 一通りの作業が終わって、そう叫んだのはサーミャだ。そんな彼女を「行儀が悪い」とリケがたしなめている。とは言え、腹具合は皆似たりよったりだろう。口に出すかどうかだけだ。その証拠に、


「今日は腕によりをかけてやるから、もう少し待ってな」


 俺がそう言うと、サーミャは勿論、リディも喜色満面で喝采を叫んだ。


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