はじめての狩り

 どさり、と音を立てて、アンネが床に倒れ込む。それを見下ろすうちの家族。サーミャにディアナ、リディにヘレン、そしてリケも起こそうとはしない。

 アンネの呼吸はひどく荒い。やがて、それが少しずつ小さくなっていき、大きく息を吸い込んだかと思うと……


「疲れたーーーっ!」


 アンネは叫んだ。隣人はいないのだが、ここがアパートで壁が薄ければ隣室からの壁ドンが100%確定の声量である。

 俺たちが今日の仕事を終え、少しして帰ってきた狩りチームのために玄関の扉を開けてすぐの出来事だ。


「だろうな」


 俺は苦笑しながら言った。俺が着いていったことはないが、そこらのお嬢様とは比べ物にならない体力の持ち主であるディアナでも、最初の頃はへばっていた。

 前の世界でも野生生物はかなりのスピードで走ることもあるらしいので、それを追ったりするのは相当に骨が折れる事だろう。


「でも、いい動きしてたよ」

「森の中じゃなかったですけど、狩りには何回か行ったことがありますからね」


 サーミャの言葉に横たえた体を起こしつつ、アンネが応えた。なるほど。ディアナほどではないかもしれないが、それなりにお転婆だったのは間違いないようだ。でなければ両手剣なんて欲しがるわけもないか。


「それにしてもあの猪は大きかったですねぇ!」

「今日のは特にね。普通は流石にあんなに大きいことはないぜ」

「私も生まれてはじめてあんな大きいのを見ました」


 今日の獲物は猪だったらしく、狩りの様子を話しながらアンネ、サーミャ、リディがキャッキャとはしゃいでいる。

 特にアンネは息が整ってからは興奮し通しである。よほど森の中での狩りが肌にあったのだろう。今も「こーんなに」とかなんとか、大きな体をぐっと伸ばして獲物の大きさを表現したりしていて、その身体の大きさに反比例するかのように、童心に帰っているように見える。


「そんなにデカかったのか」

「クルルがいなかったらちょっと困ってたかも。クルルがいるし、人手も多いからいけるだろってサーミャが」

「へえ」


 俺とディアナがサーミャの方を見る。視線に気づいたサーミャは肩をすくめながら言った。


「見つけたのはルーシーだけどな」

「そうなのか?」

「わん!!」


 ルーシーがパタパタと尻尾を振って答える。俺はその頭をなでてやった。立派な猟犬、いや、猟狼に育ちつつあるな。そのうちウサギくらいなら自分で獲ってきそうだな。そのときになっても、うちにいようと思ってくれるかどうかは彼女次第だ。

 獲物の引き上げは翌日なので、とりあえず今日のところは普通の飯にしたが、その最中にも関わらずアンネはこっくりこっくりと船を漕いでいた。今日はさぞかしぐっすり眠れることだろう。……明日ちゃんと起きてくるよな?


 翌朝、俺の心配を他所にアンネは起きていた。あれだけ疲れていたら筋肉痛やらなんやらで、なかなか起きてこれないものと思っていたが。目はぱっちりと開いていて、動きも機敏である。

 疑問に思いつつ、朝飯を並べていると、アンネは今までで一番いい笑顔で言った。


「引き上げ楽しみですね!」


 なるほどね。俺は微笑みを浮かべながら朝食を並べるのだった。



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