納品物を増やそう

 皆を見送った後、鍛冶場に火を入れる。防具の続きもあるが、さしあたっては来週(今週か?)の納品物からだ。


「よーし、じゃあ始めるか」

「はい」


 森のしきたりから言って、明日は狩りは休みだろう(引き上げと解体はあるとしてもだ)から、剣は明日みんなに手伝ってもらうとして、今日はナイフなんかの鍛造品を作ることにする。


「剣もナイフも売れ行きは問題ないらしいが、そろそろ正式に槍を納品してもいい頃合いかも知れないなぁ」

「あれ? 前に作ってませんでした?」

「あれはカミロの依頼で一時的に量産して納品したやつだし」


 そしてその後、おそらくは侯爵から帝国側に流れたやつだ。その見返りに帝国がほぼ放棄していた領地のいくらかをを得たようなのである。きちんとした詳細は怖くて確認してないが。

 しかし、それが本当なら俺の手になる槍は王国よりも帝国の方に多くあることになる。王国内に流通させるべく量産してもいいかなと思うのは、それが面白くない、というのも正直なところだ。


「剣に槍ですか。親方なら”高級モデル”の数を少し減らしてでも槍をいくつか作ったほうが良いかも知れないですね」


 顎に手を当てて考え込むようにリケが言った。彼女のお墨付きなら平気だろう。俺みたいなチートと違って、ちゃんとものを作ってきている人間(ドワーフだが)だからだ。

 だが、今後のためにも一応理由は聞いておきたい。


「そうか?」

「ええ」


 リケは顎から手を離して頷く。


「売れ行きが問題ないのは事実でしょうし、カミロさんがやりての商人なのは間違いないので、しばらくは安泰だと思いますが、極端な話、この世の人間が1人1本ずつ親方のナイフを持つようになれば、それ以上ナイフは売れないわけですよ」

「そりゃそうだ」

「まあ、それは極端ですけど、どこかで売れ行きが鈍ることは十分考えられます。そのときにスムーズに別の品物に切り替えられたほうが良いでしょうし、それまでに品質を十分に広めておいたほうが何かと良いかと」

「ふむ」


 最初はお試しみたいな感じでカミロに広めてもらい、剣やナイフの売れ行きが落ちたタイミングで満を持して量産、とやるわけか。

 鍛冶屋に似つかわしくない手持ちがあるとは言っても、家族と一生のんびり暮らすにはまだ程遠い。それまでは何らかの食い扶持が必要なわけで、目標を目の前にして稼げなくなるのも怖いな。


「あとはカミロが売っ」

「親方の品質なら売らない商人はいないと思いますよ」


 俺としてはカミロが売ってくれるかどうかが心配だったので、それを言おうとしたが、リケは食い気味に心配を否定した。あまりに勢い込んで言ってくるので、ちょっと引いている。


「リ、リケがそう言うなら間違いないな……。先にナイフでも打つか」


 俺はギリギリ威厳を保てる程度には持ち直すと、板金を取って火床に突っ込んだ。温度を見て、叩き、思う形に仕上げる、いつもの通りの作業が始まる。

 だが、新しいことを始めることが決まった俺の鎚は、こころなしかいつもより軽く板金の上を跳ね回るのだった。


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