いつもとちょっとだけ違う朝

 雨が上がってから更に1日が過ぎ、多少残っていたジメジメした空気もかなり薄れてきていた。

 俺は今日も水を汲みにクルル、ルーシーと湖へ向かう。


「ここらの保水ってどうなってるんだろうなぁ」


 森になっている以上、それらの樹々を賄えるだけの水がここいらの地面と地下にはあるはずだが、あまりそれを感じさせる湿度ではない。もしかすると魔力も併用しているとか?


「ありそうな話だな」


 俺はクルルとルーシーを見ながらひとりごちた。クルルは走竜だが、立派な竜の一種である。馬程度には大きい身体とその生命を維持するのに、大半を魔力で賄っているらしい。

 ルーシーも見た目にはまだ子狼だが、立派な魔物である。これからどんどん大きくなっていき、最大サイズだとクルルくらいになる可能性もある、とリディが言っていた。その身体と生命の維持も魔力で賄われる。

 それらを考えれば、ここいらの樹が魔力を使ってその立派な幹を維持していることも十分あり得るだろう。樹が魔物化するのか、したときに俺の知っている単語で言うところのトレントになるのかまではわからないが。


「おお……」


 湖についた俺は思わず感嘆の声をあげてしまった。湖に靄が出ていて、暁光とともに幻想的な世界を見せていたからだ。暁光にキラキラと光る湖面と赤橙に染まる靄、引き締めるように黒々と聳える森の樹々が美しい。前の世界で買ったちょっと良いカメラが手元にあれば、迷わずシャッターを切っていただろうな。

 こちらに来てこんな風景は初めて見たように思う。ちょっと大変な状況が続いているから、こういうサプライズは大歓迎だ。


「うひょっ」


 水を汲むために湖に手を付けると、いつにも増して冷たく身が引き締まる。水の冷たさを感じながら、俺とクルルで持ってきた瓶に水を入れていく。

 少し離れたところでは水温なんて関係ない、とばかりにクルルとルーシーは湖にざばんと飛び込んではしゃぎまわっていた。


 水を汲み終えたら、いつものとおりに湖に浸かりながらクルルとルーシーの身体を綺麗に拭いてやる。上がるとルーシーがブルブルと体を震わせ、俺とクルルに派手に水をかけるのもいつもどおりだ。

 何度言っても止めないので、多分分かってやってるんだろうな……。大した被害でもないからキツく言うつもりもないが。


 家に戻るといつもどおりの朝が始まっていた。いや、アンネが加わっているから、いつもではないか。アンネは基本朝が弱いようなのだが、今日は起きているな。

 その後、俺が朝食を作り終えて食べ始める直前、ルーシーがアンネにトコトコと近寄り、前足でたしたしと彼女の脚を叩いた。


「え? え?」


 突然のことに狼狽するアンネ。それを見たディアナが目尻を地面につくかと思うほど下げながら言った。


「あら~~アンネお姉ちゃんからご飯欲しいのね~~」

「え? そうなんです?」


 狼狽したままのアンネは俺の方を見ながら言った。俺は肉を置いた皿をアンネに差し出して頷く。ルーシーが「わん!」と鳴くと、アンネは意を決したように皿を受け取り、ルーシーのそばに置く。

 ルーシーはもう一度「わん!」と鳴いて、アンネのスネあたりにスリスリと身体をこすりつけた後、皿の肉をがっつき始めた。

 その後のアンネの様子はもう今更言うまでもないことだろう。一つ申し添えておくなら、俺の肩のHPは朝から順調に減った、と言うことだ。


 朝食を終えて、サーミャたちが狩りの準備を始める。アンネには勢子をやらせるのかと思ったが、サーミャが前に使っていた弓を貸すらしい。威力は俺が作って家族に渡しているものには劣るだろうが、それでもサーミャの愛用品だ、実用に支障はあるまい。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 俺とリケは他の皆を家の入口で送り出す。出発を今か今かと待っていたクルルとルーシーもそれぞれに「いってきます」の挨拶をして、出立していった。

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