街中

 街の入口へ近づくと、見慣れた姿があった。顔見知りの衛兵さんだ。いつも通り過ぎてしまうので名前までは知らない。マリウスかカミロに特徴を言えば知ってるだろうが、わざわざ聞いて知ろうとまでは思わないな。


「どうも」


 少し速度を落とした荷車から顔を出して挨拶する。ディアナとヘレンは周りに目を配っている。


「あんたらか。長いこと見なかったからどうしたかと」

「雨でしたからね」

「そう言えば随分な長雨だったな」

「ええ」


 二言三言交わしながら、そのまま街の入口を通り過ぎる。近くで重大犯罪の犯人が逃走中とかいう話でもあれば別だが、そうでもなければこんなものだ。


 街の様子はいつもどおり賑わっている。昨日まで雨が降っていた影響か、少しだけ人通りが多いようにも見える。荷車からルーシーが顔を出してキョロキョロ辺りを見回し、通りすがりの人々を笑顔にしているのはいつもどおりだ。

 失敗したときのリスクを考えれば街中で仕掛けることはあまりないだろう、とは思うものの、一か八かでやってくる可能性もなくはないので、ルーシーに構っているふりをしつつ、周囲を警戒した。


 結局、カミロの店まで特に怪しい人影や襲いかかってくるヤツはいなかった。結果としては完全に徒労に終わったわけだが、事が起きてからでは遅いからな……。

 いつものとおりに荷車を倉庫に入れると、丁稚さんにクルルとルーシーを預けた。

 クルルもルーシーもこの丁稚さんに懐いてきたらしく、首を擦り付けたり、足元を走り回ったりしている。


「こら、クルルもルーシーもあんまり邪魔するなよ」

「いえいえ、いいんですよ」


 丁稚さんはそう言って微笑んだ。クルルとルーシーが狙われるとしたら、このあと商談なんかをしている間だろうが、この丁稚さんに任せるなら平気かな。

 俺はいつもどおりに商談室へ向かった。


「疲れた……」


 カミロが来るのを待つ間、俺はテーブルに突っ伏した。ここに入るまで一時も心の休まる瞬間がなかった。しばらくはこれが続くのかぁ。

 その様子を見ながら、ディアナが笑う。


「てっきりエイゾウはこういうことには慣れてるんだと思ってた」

「事情があって北方から流れてきたとは言っても、基本的にはただの鍛冶屋のおっさんだぞ。慣れてるわけがない」


 当たり前ながら、前の世界でも命を狙われているかも、なんて思いながら客先に行く経験なんかしたことはない。一般人でそういう経験の可能性もなくはないだろうが、幸いなのかどうかはともかく俺には一切無縁だったからな。


「しかし、アンネを狙ってるにしちゃ、動きが鈍い気はするな」


 ヘレンが少し真剣な表情で言う。彼女も気を張り詰めていただろうに、微塵も疲れた様子がない。これがプロとアマの差だろうか。

 俺は突っ伏したまま、顔だけをヘレンに向ける。


「と言うと?」

「アンネを狙ってるんなら、道中で仕掛けるべきだった。あれから日にちも経ってる。荷物に紛れ込ませて、ここに運び込んでカミロに引き継いで脱出させようとする、と考えたらこの道中で仕掛てくるのは普通だろ?」

「なるほどねぇ」


 今回はアンネを狙ってるのかどうか分からんうちに帝国に逃してもなと俺が思ったので、まずは状況を知るために置いてきたが、そんなことに関係なくとにかく帝国に逃してしまうプランを考えれば、一番手薄なはずのこのタイミングがベストだし、もしかしたらラストチャンスになる。

 であれば、ここで仕掛けなかったのは何らかの意図があると見るべきか。


「用心も必要だけど、ずっと気を張り詰めてると潰れるぞ」

「そうだな、帰りはヘレンに任せるわ」

「おう、本業に任せとけ」


 今度はヘレンもニコリと笑う。そこへノックの音が響き、俺は体を起こして、カミロに何を聞くべきか、頭の中で整理を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る