情報収集

「よぅ……どうした、疲れたみたいな顔をして」


 部屋に入ってくるなり、カミロは眉を上げてそう言った。


「疲れてるんだよ」

「珍しいな」


 言われてみれば、ここへ来るときに移動自体の疲労以上に疲れていたことはあまりない。半分は気晴らしみたいなものだったしなぁ。

 俺は苦笑しながらカミロに言った。


「まぁ、疲れてる理由は後で話すとして、まずは商売の話をしようや」

「わかった」


 俺とカミロはいつもどおりの商談を行う。コツコツと作ったいつもの品物をいつものとおりに引き取ってもらう。

 カミロが目配せすると、番頭さんが頷いて部屋を出ていこうとしたので、慌てて俺は付け足した。


「ああ、塩とかは1人分多めに頼む。その分は払うから」


 番頭さんはピクリと片眉を上げたが、「かしこまりました」と言ってそのまま出ていった。


「その”1人分”ってのが疲れてる理由か?」

「まぁね」


 俺は肩をすくめた。カミロの表情を伺うと興味津々な様子を隠しもしていなかった。俺とこいつとの間で隠し事してても意味はないか。


「今日は連れてきていないが、お前に隠していても話が進まないだろうから、うちに来た客について話しておこう」


 こうして、俺はアンネについて話をした。帝国の第7皇女であることも、襲撃の件も事細かにだ。俺が話している間、カミロは茶化すこともなく真剣に聞いていた。

 驚きの表情が少なかったのは、少なくとも第7皇女であることくらいは知ってるってことだろうか。


「なるほどね……」


 俺が話し終えると、カミロは椅子に深く座り直し、天井を仰ぎ見た。しきりに口髭をいじっているのは、ある程度の情報を持っているが話すべきか迷っているときのヤツの癖だ。

 俺たちは固唾を呑んでいつ話し始めるかと待ち構えている。ヘレンが今にも飛びかかりそうだが、それは俺が抑えておいた。

 やがて、カミロは大きな溜め息を一つついて、俺達に向き直る。


「まず1つ、彼女はここに来たし、場所を教えたのは俺だ」


 ヘレンがいよいよ飛びかかりそうだが、俺とディアナで抑える。俺1人じゃちょっと厳しくなってきた。


「何を依頼するかはなんとなく分かっていたが、エイゾウなら断るだろうと思ったからな。それに何らかの危害を加えようものなら侯爵の耳に入るぞ、と脅しておいたし」

「それは信頼と受け取って良いのか?」

「もちろん」


 俺は苦笑しながら言ったが、カミロは涼しい顔をして受け流した。確かに誘われて「それじゃあ」とホイホイ行くと思っているなら、居場所を教えたりはしないか。少なくともそれでカミロも困ることになる程度には貢献しているつもりだしな。


「で、1番気にしているだろう、襲撃者たちの正体だが……」


 カミロは一度そこで言葉を切る。静寂が部屋を支配した。ゴクリ、と俺達の誰かがツバを飲み込む音が聞こえたような気がする。もしかすると自分自身かもしれない。

 一瞬のような、永遠のような時間。続くカミロの言葉は、


「今のところは確定はできんな」


 だった。俺たちは一斉にジト目でカミロを見やる。


「そりゃそんな事があった、ってのは今知ったんだぞ。分かるもんかい」


 カミロは口を尖らせて言う。言われてみればそれはそうなのだが、カミロはやり手の商人だ。話の切れっ端だけでも知っているものかと思ってしまっても文句は言えないと思う。


「とは言っても、それだけでお前達を帰したんじゃあ、お前達もスッキリしないし、俺にもメンツってもんがある。ちゃんと調べとくよ」

「あ、ああ、頼むぞ」

「心当たりがなくはないからな、すぐに分かると思う」

「それじゃあ、また来週来ることにするよ」

「そうしてくれるか。すまんな」

「いや、早いこと解決するならそれに越したことはないからな」


 その後は番頭さんが戻ってくるまで普通の話をする。マリウスは都で頑張っていて伯爵としての地歩を固めたらしい。それを聞いてディアナが嬉しそうにしていたが、貴族の世界も大変だな……。

 やがて番頭さんが戻ってきて、俺達は部屋を出た。珍しくカミロがそのまま番頭さんを呼びつけていたが、早速行動に移してくれているのだろうか。そうだとしたらありがたいことだ。


 バタンと扉を閉めた後、ヘレンがボソリとつぶやく。


「アイツ、怒ってたな」

「そうなのか?」

「大事な知人が危ない目にあったんで、相手にもだろうけど、自分にもキレてんだなありゃ」


 俺にはいつもより多少真剣なだけで、飄々としたいつものカミロに見えたが、付き合いがそこそこ長いらしいヘレンから見るとそうではないようだ。

 もう閉じてしまって何も聞こえてはこない扉に、俺は少しだけ頭を下げた。


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