街へ向かう

 クルルが牽く荷車は森の入口へと進んでいく。昨日までとは打って変わって光がそこかしこに差している。

 時折、下生えがガサリと揺れるのは長雨にウンザリしていた小動物たちだろう。道中も念のため警戒を怠らずにいたが、遠くに鹿の姿が見えたりもした。

 しばらくすれば、狼たちも空いた腹を満たすためにウロウロしはじめるに違いない。そうすれば、いつもの森が戻ってくるだろう。

 それとは真逆な自分たちの状況に、俺は思わず苦笑を漏らす。


「どうかした?」


 俺の様子を見て、ディアナが声をかけてくる。俺は頭を振った。


「いや、大したことじゃない。俺たちがこんなにも切羽詰まってるって言うのに、森はすっかり元通りになろうとしてる。なんだか取り残された気分だなって」


 厳密には地面はまだぬかるんではいる。だが、それを除けば森は”いつも”がもうすぐだ。


「こればっかりは仕方ないんじゃない? 別にあなたのせいでもないんでしょ?」

「それはそうだが……」


 確かに直接の原因は俺にはない。こうなった原因の1つであるうちの製品が帝国側に流出した件にしたって、ヘレンが捕まったのところからだが、それだってそもそも帝国の連中がヘマをしなけりゃ、そんなことも起きなかったのだ。そう考えるとほとんどマッチポンプに近い。

 とは言っても、やはり自分の製品がもとでこうなっていることも確かだし、その辺が割り切れないところでもある。


 しかし、そこはもう起こってしまったこととして割り切らないといけないかもしれないな。防ぐ方法もなかったのだし。

 唯一あるとすれば「全ての製品を門外不出とする」ことだけだが、これは現実的ではない。もう出回ってしまったし。

 俺はそんなようなことを二言三言ディアナと話して、意識を周囲の警戒に引き戻した。


 ぬかるんだ道は心配していたよりもクルルと荷車の足をとることもなく、いつもよりほんの少し遅いくらいのペースで森の入口に近づいてきた。

 恐らくではあるが、この辺りが怪しいことは襲撃を指揮しているやつには伝わっていることだろう。見張るなら図体の大きな俺たちはさぞかし目立つに違いない。馬じゃなくて走竜を連れていることだし。


「どうします?」


 リケが御者台から振り返って言った。俺たちには4つ選択肢がある。

 いつも通りの速度で進むか、いつもより速度を落として警戒をするか、それとも逆に速度を上げて走り抜けるか。最後の1つはここで一旦止めて斥候を出す、である。

 いずれも一長一短ではあるが、「黒の森から出てきた」以上に目立つことはあまりしたくない。


「いつも通りの速度で進もう。ディアナとヘレンは警戒頼むな」

「ええ、わかったわ」

「勿論」


 俺の言葉を聞いてリケはうなずくと、手綱を操った。クルルはそれに従って、いつも通りに歩みを進めていく。

 俺とディアナとヘレンは周囲に目を走らせた。ルーシーも荷台から顔を出して鼻をくんくんさせているから、手伝ってくれているのかも知れない。


 俺たちの用心をよそに、森から出ても何もなかった。いつも通りの平原が日の光を浴びているだけである。

 そのまま街道へと出る。俺たちは一瞬ほっとしたが、そこを狙われるとそれはそれで危ない。気を引き締めて、街道をいつもどおり速めの速度で進んでいく。


 いつ平原から襲いかかられるかと気が気でなかったが、やがて街の外壁が見えてきた。またもや気が抜けそうになるが、入口に辿り着くまでは安心できない。


「ヘレン」


 俺が声をかけると、ヘレンが顔を近づけてきた。恐らく聞かれないとは思うが、馬鹿デカい声でチェックしてる状況を馬鹿正直に教えてやる義理もない。


「後ろは?」

「いない」

「即答だな」

「こういうところはアタイが得意なところだからな。見るべきところは分かる」

「なるほど」


 プロの傭兵のお墨付きなら大丈夫か。あとは衛兵さんが見えてくるまでの辛抱だ。

 俺は気を引き締めなおすと、再び周囲に目をこらすのだった。

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