これから

 家に戻った家族とアンネは身体を拭いて、服を乾いたものに取り替える。そのあと全員で居間に集まった。

 俺はコンロに火を入れると、湯を沸かして、少しだけ火酒を入れたものを皆に配る。その間、誰も言葉を発しなかった。


「さて、これからだが」


 俺は話の口火を切った。俺に視線が集まる。


「一度撃退したらもう来ないと思うか?」

「それはないな」


 俺の言葉をヘレンがピシャリと否定した。


「今日で決めるつもりなら、アタイやエイゾウの力を知ってるかどうかによらず、もっと刺客を寄越していたと思う。それをしなかったのは……」

「少しずつしか送ることが出来ないからか」


 ヘレンは俺の言葉に今度は頷いた。”戦力の逐次投入は愚策”ではある。

 かなり端折った話になるが、例えば9対1までは倒せなくても10対1なら倒せる相手のところに5人ずつ2回送ったところで、5対1が2回繰り返されるだけで倒せない。最初から10人送り込んで仕留めるより他ない、と言う話だ。

 流石にそれがわからない相手でもない、はずだ。となると、何らかの事情でギリギリのラインで人を送るしかない、ということか。


「それが帝国の人間だからなのか、王国でも都の目と鼻の先のここで大人数を動かすと目立ちすぎるからなのか、は分からないけどな」

「ふむ……」


 俺は腕を組んでアンネを見やった。


「アンネさんに心当たりは……いっぱいありそうですね」

「ええ、まぁ。立場が立場ですから。心当たり、と言うだけで名前をあげていたら日が暮れるくらいには」


 事態に慣れているのか、あまり実感がわいていないのか、アンネはへにゃりとした風情で答えた。

 上に皇位継承者が何人もいる第7皇女といえども、王室の人間である。邪魔になることもあれば、利用価値があると思われることも多いだろう。

 帝国にだって貴族はいるし、考えたくはないだろうが同じ王室の人間に心当たりがあったりもするだろう。


「考えられる中で一番厄介なのは?」

「心当たりの中で、となるとウラジミール兄様ですかね」

「身内かぁ」

「ええ」


 アンネはしっかりした目つきで頷く。


「あの方は我々のような人族以外をあまり快く思っていません。普段は表に出すことはないですし、第1皇子のレオポルト兄様が抑えているので、普通に帝国の政にも関わっています。第2皇子が全く関わらないのもそれはそれで沽券に関わりますので」

「なるほど、厄介ですね」

「でしょう?」


 アンネと俺は顔を見合わせてくすりと笑った。事態の解決にはならないが、心に余裕がなくなったら終わりだ。


「しかし、こんな分かりやすい方法に出るものですかね」

「そこがウラジミール兄様んですよね」


 首をかしげるアンネ。


「もしかしたら、ウラジミールさんが王国の誰かに依頼したとか?」

「誰か、とは?」

「知っているかもしれませんが、うちはエイムール伯爵とは懇意にしてましてね。あとはメンツェル侯爵にも面識があります」

「王国の主流派ですね」


 えっ、そうなの?その辺はあまり意識しなかったな。必要ないし。だが、俺はそれを顔に出さず頷いた。サーミャとディアナは気づいたようで、変な顔をしていたが。


「そうなると、主流派を追い落としたい貴族の誰かに頼んだ可能性はありますね」

「ですね。とは言っても、ここまでは完全に推測でしかありません。知り合いの商人のところに商品を卸しに行けるようになり次第、行って事情を話してきます。確たる情報を集めないと」

「外に出ると危険ではありませんか?」

「まぁ、それはそうなんですが。そのときにアンネさんがいなければ、かなり平気かと。向こうの目標が見当たらないわけですからね」

「なるほど……」


 無論、襲われる可能性は十二分にあるが、こちらには俺とディアナ、それにヘレンもいるわけだし、そんじょそこらの相手なら追い返せるだろう。


「とりあえず、アンネさんには申し訳ないですが、もうしばらくの間ご逗留いただくということで……」

「ええ、かまいませんよ」


 アンネはニッコリと微笑んでそう言った。だが、俺は最後の可能性、「この状況を作るための茶番」がずっと頭を離れなかった。

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