家に帰り着く

 ガサゴソと音を立てながら移動する。この森の動物なら大体はこれで逃げるし、今追いかけている家族たちにもこの音は聞こえているだろう。むしろ「何者かの接近」を知らせておきたい。

 あっちにはサーミャがいないし、匂いで誰が来ているのかを判断するのは難しそうだからだ。今回、追いかけているのは俺たちだが、これがさっきの追っ手だった場合を考えると、警戒されたほうがむしろ安心できる。

 そろそろ追いつくかもしれないと思ったとき、茂みをかき分けて小さな影が飛び出した。殺気も何もないから俺もサーミャも、そしてヘレンも反応が遅れる。

 しかし、その影はと言うと、


「わん!」


 と可愛い声で鳴いた。そうだった。ルーシーがいればある程度は誰が近づいたのかは分かるか。サーミャよりも鼻が利くはずの彼女なら、覚えのある匂いかどうかは判断できるだろう。

 俺は雨の中パタパタと尻尾を振るルーシーを抱き上げた。尻尾の動きが一層激しくなる。


「よーし、それじゃあ一緒に帰るか」

「わんわん!」


 その様子を見て、ヘレンが思わずクスリと笑う。ルーシーが迎えに来たということは、すぐ近くにみんながいるのだろう。俺たちは更に足を早めた。

 程なくして、みんなの姿が見えるようになる。ここから家まではもう少しだ。


「おーい!」


 俺は大声でみんなを呼ぶ。全員がこっちを振り返った。一番背が高いのは言うまでもなくクルルなのだが、アンネもかなり背が高いので目立つ。追っ手からするとかなり楽だろう。


「みんな大丈夫か?」


 俺が聞くと、ディアナが答えた。


「ええ、こっちはなんともないわ。そっちは?」

「こっちも無傷だよ。”片付け”も済ませといた」

「そう。良かった。急にルーシーが走り出したから……」

「多分、俺の匂いがしたんだな」


 こっちには追っ手を回さなかったのだろうか。1人2人伏せてあると思ったが。もしくは――


「早く帰りたいところだが、一度周囲を捜索して、跡を消しておこう。おそらく後をつけられてはないと思うが、念の為だ。ヘレン、サーミャ、ディアナは来てくれ。ルーシーもおいで。後のみんなはここでもうしばらくの辛抱だ」


 家に帰ってから寝込みなんかを襲われてもつまらない。ルーシーがなんの反応もしないから大丈夫そうだが、命に関わることだ、念を入れるに越したことはない。


 ゆっくりと周囲を巡回しつつ気配を探る。前に女性陣(ルーシーを含む)で、俺が殿しんがりをつとめながら、その辺の枝を折ったもので足跡を消していく。


「どうだ?」

「いや、いないな」

「アタイも何も感じない」

「そうね」

「わん!」


 ぐるりと1周したが、何の気配も感じなかった。遠くに残してきたみんなの姿が見えている。俺たちは再びそこに戻っていく。もちろん、跡は消しながらだ。

 アンネはともかく、リディとリケは戦闘はそこそこ止まりだ。つまり、主力は全部こちらに集めている。起死回生を狙うならこのタイミングかと思ったが、動きがないということは刺客はあの5人だけだったようだな。


「よし、じゃあ今度こそ家に帰ろう」


 みんなから賛成の声が上がり、俺たちは再び家に向かって歩きだした。


 家に帰り着くと、まずクルルとルーシーを小屋に入れて、貯水槽の水(思ったより水が貯まっていた)をかけて体に着いた泥を落としてやる。ルーシーがプルプルと体を振って、俺たちにかかるが元々雨に濡れているので気にならない。

 その後でクルルとルーシーの体をタオルで拭いてやった。ここ何日か大活躍だな、タオル。また買い足しておこう……。


 こうして、短い見送りと逃避行は終わった。これからは反撃の方法を考えなくちゃな。

 俺はそんなちょっと薄暗い炎を胸のうちに抱え、家の扉をバタン、と閉めた。

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