戻ろう
ふと気がつくと、外の雨は再び本降りになっていた。降り方は昨日の雨と大差ない。それを反映しているがごとく、居間の空気は陰鬱だ。
「さて」
そんな空気を振り払うように、俺はつとめて明るく言った。
「仕事するか」
「こんなときに?」
俺が言うと、サーミャが疑問を挟んだ。
「今はまだ情報が少なすぎる。それでよく分からんものをいつまでも恐れてたってしょうがないからな。こう言うときはいっそ仕事に集中して、無理矢理にでも気持ちを切り替えてしまうに限る」
前の世界でブラック社畜でウン十年過ごしてきたコツでもある。それを良いように扱われてきたのも否定はできないが。
ため息をひとつついて、俺は鍛冶場の扉を開けた。
俺はバタバタと火床や炉に火を入れていき、家族は作業の準備を始める。その様子をアンネがじっと見ていた。
「……手伝います?」
「いいんですか?」
「まぁ、今日のところは簡単なやつをってことでいいなら」
「わかりました!」
ぽやんとした雰囲気を吹き飛ばす、ハッキリとした顔でアンネは答えた。
俺はリケに指示を出す。
「それじゃあ、アンネさんにエプロンを」
「わかりました、親方」
エプロンは普通の人間サイズのものしかないので、「つんつるてん」になっているが、最低限はカバーできているのでいいだろう。
「それじゃあ型を作ってもらいます。リディ、教えてやってくれ」
「はい」
リディの細い手が粘土を持って雄型に押し付ける。ふわりとした動きが、まるで楽器を弾いているかのようである。
一方、見様見真似でアンネも同じ作業をはじめた。こちらの手はやや大きい。リディの倍とまでは言わなくても、大人と子供のごとく違う。
見た目はどう見ても普通の女性のものだが、大きさだけがはるかに違う手が、豪快に粘土を型に押し付ける。
俺とリケはそれを見て、自分の作業に取り掛かった。今日の作業予定は、最初に板金でナイフ、後は型を使って剣だな。
俺が一本目のナイフの仕上げにかかるころ、アンネの声が作業場に響く。
「どうです?」
「鉄を流すまでは分からないですが、いいんじゃないでしょうか。特に問題あるようには見えないですよ」
リディがチェックをして答えている。リディのチェックで大丈夫なら、大きく問題になることはあるまい。
俺はナイフの仕上げを続けていった。
言葉少なめの昼飯を挟んで午後。アンネの作った型で剣を作る段になった。型から抜いた後の作業は俺がやる。
リケにやってもらってもいいのだが、最初の1本の出来は自分で見ておきたいし、それなら仕上げまできっちりやるのがよかろうという判断である。
「それじゃあ、流すぞ―」
サーミャが溶けた鉄を掬った長柄の柄杓を持って言った。アンネに教える意味もあるし、普通に1000度を超えるような温度のものだから危ない、という話でもある。
そっとサーミャが柄杓の中身を型へ注いでいく。もうもうと煙を立ち上らせながら、真っ赤な鉄が型の中に飲み込まれていった。
少し冷めるまで置いた後、型を取り出して鎚で軽めに叩いた。溶けた鉄の熱によってカチコチに固まった粘土は、それによってポロポロと崩れていく。
剣の芯は完全に冷めたわけでなく、まだ手で持てない程には熱いため、ヤットコで掴んで持ち上げた。
「……ど、どうですか?」
アンネが恐る恐る、上目遣い(身長のせいであまり上目になってないが)で聞いてきた。
「いいんじゃないですかねぇ。これなら仕上げも苦労しなくて済みそうです」
俺がニッコリと笑いながらそう言うと、アンネは「やった!」とリディとハイタッチをしている。
大事なのは、こう言う「いつも」なのだ。これから先、厄介ごとが待ち受けているだろうが、この「いつも」は守らなきゃな。
そう思いながら、どうしても発生してしまうバリを取るため、俺は剣に鎚を振り下ろした。
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