小さな宴

「それじゃ依頼品の完成を祝して」

『乾杯!』


 ワイン(リケだけ火酒)を満たした木のカップを掲げる。料理の方は取ってあった鹿と猪の塩漬け肉の”いいとこ”を、それぞれ香草焼きと醤油ベースのタレを作って焼いたものである。

 パンは時間があれば発酵種を使いたかったが、無発酵パンにしておいた。スープはいつものやつ……というか昼の残りにちょっと肉を追加したものである。庶民の食事ならこれでも十分豪華だ。


「こちらの茶色いソースの方はちょっと癖があるので、口に合わないようでしたら無理なさらずにこっちの香草焼きをどうぞ」

「はい。ありがとうございます」


 うちの家族は平気だったが、醤油は発酵食品なので独特の匂いはあるだろう。それが口に合わない人はいても仕方ない。

 俺の言葉に頷いたあと、アンネは猪肉を口に運んだ。思わずその様子をじっと見つめてしまう。肉はもぐもぐと咀嚼され、コクリと飲み込まれていった。

 俺は若干緊張して聞いた。


「どうです?」

「美味しいです!!」


 アンネはほぼ叫ばんばかりの勢いで言う。びっくりはしたが、とりあえず口に合ったのならよかった。


「あ、すみません……」

「いえいえ、そう言っていただけて嬉しいです」


 俺は出来る限りの笑顔で言ったが、サーミャとヘレンは今にも吹き出しそうだし、リケとディアナはなんだか神妙な顔だ。リディも「ええ……」と言う声が聞こえてきそうな顔をしている。

 いや、俺だって愛想笑いくらいはできるんだぞ?前の世界でもほとんどやらなかったから、やたらとぎこちないだけで。


「使っているのはなんです?」

「”醤油”と言って、大豆と麦を発酵させた北方の調味料です。それに色々合わせてあるんですよ」

「へぇ、北方の」


 スッとアンネの目が細められた。名前から北方出身であろうことは予想はしていて、これで確定したと思っているのだろう。

 そもそもがこの世界の人間ではない、ってことは予想できようはずもないしな。


「懇意にしている商人が入手してくれましてね」


 そこには気づかなかったふりをしながら、俺は朗らかに答える。この辺は腹の探りあいもある。


「帝国側にも回していただけるなら、お願いしたいくらいですね」

「それとなく話はしておきますよ」


 その後はあまり当たり障りのない話で盛り上がった。ディアナとアンネで王国と帝国の宮廷の様子を語り合っていたのが一番印象的である。

 伯爵令嬢ともなるとそれなりに宮廷にいく機会も多かったようだし、皇女となれば言わずもがなだ。俺たちもその話に聞き入っていた。

 ささやかながら楽しい宴もやがて終わり、皆で後片付けをしたら後は寝るだけだ。


「それじゃ、明日雨がマシになっていたら、森の入口までお送りします」

「ええ。お願いしますね」


 俺とアンネ、家族の皆は互いに「おやすみなさい」を言ってそれぞれの部屋に戻る。


 ――そしてその夜半、俺の部屋のドアがノックされた。


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