弓を作る

 火床に板金を入れて適切な温度まで熱していく。熱された板金を金床に乗せて鎚で叩き、魔力を籠めて形を作っていく。あまり分厚くなりすぎないよう伸ばしつつ、弧を描いた形だ。

 やがて細長く曲がった台形の板ができる。それを再び熱して焼入れをする。サスペンションほどではないが、仕組み的には板バネそのものではあるので、硬さと柔らかさを両立させるのだ。

 水に入れた鉄板がジュウと音を立てる。下がった温度がいい頃合いになったら、水から引き上げて火床の火にかざし、再び少し温度を上げて焼き戻しをした。


 この作業を鉄板の厚さを変えて総計で3回行った。厚さの調整は完全にチートにお任せであるが、その基準になっているのは日々の生活でそれぞれが出せる力を観察したものだ。

 そうでなかったら適当な荷物なりを持たせて測らねばならないところだった。


 3つの鉄板を持って木の板のところへ戻る。鉄板の形に合うように木の板を加工していく。鍛冶屋のチートが効いている鉄板のほうが多分形をしてはより正解に近いだろう、と言う判断だ。

 木の板を鉄板の曲がりに合わせつつ、2つを固定していく。木と鉄、お互いを補強するような形だ。鉄もしなやかにはできるが、薄い木ほどではない。木はしなやかだが硬さにかけては鉄と比べるまでもない。


 同じ作業をもう2回行って、弓の本体が3つ完成した。だが、慣れない作業だったのもあってか、この頃にはすっかり日が暮れかけている。

「こいつの弦を張るのは明日になるな。」

 俺がそう言うと、リケが後片付けをするのを手伝っていたサーミャが答える。

「お、じゃあアタシたちにやらせてくれよ。」

「いいぞ。お前たちの弓だし、俺はその辺慣れてないからな。」

 弓の弦はなんとなく張りっぱなしのようなイメージがあるが、実際には使わないときには外していて、必要になる前に都度張っている。サーミャも狩りに出る前に弦を張って、帰ってきたら外しているのだ。

 今まで弓と言えば、サーミャの使っていた1つきりだったので、俺もその作業はしたことがない。仕上げを任せるなら専門家だ。

「やった。じゃあ、明日は弦を張って試してから狩りだな。」

 サーミャがウキウキして言う。

「そうだな。頼んだぞ。」

「おう!」

 サーミャがとんでもなくいい笑顔で答え、他の皆も何となしに笑顔になった。


 翌朝、朝の拝礼までを済ませて、狩りに出て行く3人にそれぞれの弓を渡す。

「一応それぞれの力に合わせたつもりだが、おかしいとこがあったら言ってくれよ。」

 受け取った3人はそれぞれ自分の弓に弦を張っていく。弦は鹿の腱を加工した紐だ。

 紐の端を弓の端にくくりつけ、そちら側を下にし、弓の反りが逆になるようにしてもう片方の端にもくくりつける。

 サーミャは普段使っている弦をそのまま使っているので両端に固定すれば終わりだが、他の2人は余った弦をナイフで切っていた。

 しかし、リディは里が森の中にあるから経験があるとは思っていたが、弓で射る練習をしていたとはいえ、ディアナまでいとも簡単に弦を張っているのには少し驚いた。

 聞けば実家でやったことが結構あるらしい。エイムール家の教育ってどうなってるんだろうな……。マリウスは結婚していずれ子供が生まれるのだろうが、男子はともかく女子もこのレベルまで鍛えられるのか、それともディアナが特別こうなのか。

 もし全員が同じだけ鍛えられるとしたら、前の世界の巴御前や板額御前並の逸話を残す人も出そうである。


 庭の隅に立ててある木の的(普段から練習に使っているものだ)に向かって、サーミャがスっと弓を構え、矢をつがえ、引き絞る。

 弓道のように作法があるわけではない。生きる糧を得るために磨かれてきた、彼女なりの1番いい方法だ。それでもその姿には美しさが確かに存在した。

 引き絞った弓から矢が放たれる。放たれた矢は風を纏ったかのように空中を奔り、瞬きもせぬ間に的の中心に突き刺さっていた。


「いいなこれ!」

 サーミャが叫んだ。どうやら気に入ってもらえたらしい。

「大丈夫そうか。」

「大丈夫もなにも、こんな思った通りに矢が飛んだのは初めてだよ!ありがとうな!」

 弓を持ったままサーミャは俺を力いっぱい抱きしめ、俺は喜ぶべきか痛がるべきか、悩むことになるのだった。


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